11歳から15歳の24人の子どもたちが学ぶフランスのとある教室。生徒の国籍はエジプト、セネガル、ウクライナ、ブラジル、中国・・・と20カ国にも及ぶ。ここは、フランスに移住してきた子どもたちが、フランス語を集中的に学ぶ「適応クラス」と呼ばれるクラスだ。
国籍も家庭の背景も言語も、そして宗教も異なる子どもたち。
「『こんにちは』は、あなたの国ではなんて言うの?」という先生の問いに子どもたちは、ホワイトボードに自分たちの国のあいさつを書きつけていく。
「ドブリデン」(ウクライナ)、「ニイハオ」(中国)、「アーユーボーワン」(スリランカ)・・・。モーリタニアの少女が「アッサラーム・アライクム」と書くと、エジプトから来た少女が反論する。「エジプトでは、クリスチャンはその言い方はできない。それはイスラム教徒の表現だから」
モーリタニアの少女は言い返す。「でも、こんにちはと同じように使われるの。私の国に来たこともないくせに!」
異なる言葉と背景の子どもたちが学ぶこの教室は、まるで旧約聖書のバベルの塔の物語そのもの。白い肌、黒い肌、黄色い肌、外見すらばらばらな子どもたちの姿を見ていながら、そんなことを思わされる。「バベルの学校」というタイトルもそこから付けられている。
しかし一方で、内気な子、自己主張のしっかりした子、一人一人異なる彼らは、口論をし、夢を語り、プールに入るのを怖がり、忘れ物をして怒られてすね、ほめられればはにかみ、転校する同級生との別れに涙ぐむ。その表情は、日本のどこにでもいる普通の中学生と変わらない、普通のティーンエージャーの子どもたちでもある。
そこがなんだか懐かしく、そしてたまらなくいとおしくて、彼らの時代の倍以上も生きているおじさんは、何度か涙ぐみそうになったのだ。バベルの物語と同時にもう一つ聖書から思い浮かべるのは、旧約の「ディアスポラ」、故国を失った人々の物語だ。
子どもたちの家庭の背景もさまざまだ。政治的な理由からの自主的な移住、亡命、あるいはより良い生活を求めて。そして彼らが全く異なるフランスという国に慣れるのに苦労していることも伝わってくる。
「僕がフランスに来たのは、ユダヤ人の家族がネオナチの標的にされたからです」と語るセルビア人の少年。「将来のためにフランスに来たの。人生を変えたい」と語るルーマニア人の少女。「自由な女性になりたくてこの国に来た」と語るセネガル人の少女。
先生と親子との面談で、親たちは言う。「両親は私を学校に行かせてくれなかったから、読み書きができないんです」「フランス語と英語ができるようになって良い仕事に就けるようになってほしい」「この子が国に帰ったら、女性器を切除される」「国に帰ったら、14歳を過ぎているので結婚しなければならない。フランスで18歳まで学ぶべきよ」「本人が頑張れば、きっと夢もかなうわ」
この教室は、現在移民問題で揺れているヨーロッパ、いや世界の縮図でもあるのだなと考えさせられる。
しかし、この映画は決して深刻なつらい映画ではない。子どもたちを見守る先生とカメラのまなざしは、穏やかで子どもたちを見守るように温かくやさしい。監督のジュリー・ベルトゥチェリは、オタール・イオセリアーニ、クシシュトフ・キシェロフスキなどの世界的な巨匠の元で助監督を務めた後、2003年に「やさしい嘘」でセザール新人監督作品賞をとった実力派の監督でもある。
教室の中では、「宗教」についても率直に熱心な議論が交わされる。教会で従者(サーバー)を務めた思い出を語るセルビアの少年。祖母に買ってもらったコーランを宝物のように取り出して「"神の言葉"に何が書かれていたのか勉強したい」と目を輝かせて語る少年。スカーフを母親に買ってもらった思い出を語り、「大人になったような気分」と語るイスラムの少女。
「アダムとイブが黒人だったか白人だったか知っているのは神様だけ」と語るアフリカの少女。アイルランドから来た少年は、国でのカトリックとプロテスタントの間のテロについて語る。アフリカから来た少女は、父がイスラム教徒だが、母が福音派のキリスト教に改宗したという。「父にはモスク、母には教会に連れて行かれて混乱しちゃったわ」と笑いながら語る。
「自分とは違う宗教に"触るな""違う"と言うから争いがあるのよ。イスラムのおじいちゃんも"同じ神だ"と言っていた」。熱心に議論しながらも、あどけない彼らの顔を見ながら、再び、この教室が世界の縮図であることを思わされるのだ。
でもやはり普通のティーンエージャー。もう11年間も母親と会っていなくて寂しいと語る中国人の女の子の話を聞きながら涙ぐむアフリカ人の女の子。一つの教室で学ぶうちに、彼らはかけがえのない仲間となっていく。そして、普通学校に移るための試験を受け、それぞれの進路に向けて教室を出て行く。
ショッキングな映像も、感動的に造られた物語もない。彼らの顔と語りを見ているだけで、本当にいろいろなことが頭をよぎる。均一性が極めて高く、移民の受け入れを拒否している日本の社会に生きていると、移民は「海外のニュース」でしかない。しかし、この映画を通して、彼らがどんな存在であり、社会がそれを受け入れるためにヨーロッパでどのように地道で、忍耐強い努力をしているのかを教えられる。国連の統計によると2014年に世界で移動を強いられた人の数は5950万人にも上る。
フランスでは昨年大きなテロが発生し、そして先週ベルギーのブリュッセルでもまた悲劇が繰り返された。そのたびに、イスラムと移民がクローズアップされ、「異なる文化・宗教」への恐怖は増幅される。
この映画にも、アフリカからベルギーに移り、そしてフランスに移ってきた親子が登場する。彼らや彼女たちは今週、何を思っているのだろうか。おそらくニュースに胸を痛めながら、それでも新しい人生を築くために、しっかりと学んでいるのだろう。そんなことを思わされた。
映画館での上映は昨年終了してしまったが、配給会社のユナイテッド・ピープルではDVDの販売と同時に、市民上映会などの形で上映できるという。教会や個人的な集まりで、ぜひ一人でも多くの人に見てもらいたい。
問い合わせはユナイテッド・ピープル(ウェブサイト、電話:090・8833・6669、メール:[email protected])。