今から40年も前に、私はある一冊の書物をドイツ語の先生からいただきました。アイダホの大学にいたときのことです。それはポール・トゥルニエというスイスの医師の書いた“Guilt and Grace”という題の本でした。「罪意識と恵み」という訳になるかと思います。あいにく邦訳の書物を持っていないので日本語の題がどうなっているか知りません。あったとしても恐らく絶版になっているでしょう。
その時からこの著者の書いた書物を見つけたら購入していきました。40年の長きにわたってトゥルニエ博士の思想に学んできたことになります。最近、再び彼の書物をもう一度読み返したいと思うようになり、現在は“Learn To Grow Old”という書物を読んでいます。「良き老いを送るために」というような内容の書物であります。日本では『人生の四季―発展と成熟』という彼の書物がよく読まれたと思います。
ポール・トゥルニエはごく幼いころに両親を失い、叔父叔母に育ててもらっています。青年になるころまで極端に内省的で、無口であったようです。しかし、キリスト信仰を見いだしてから次第に解放されていき、ジュネーブ大学で医師の勉強をします。医師となってから臨床に携わるにつれて、当時の医学が人間を肉体と心理を持つ存在としてだけ見ていることに疑問を持ち、聖書から人間の霊、魂の部分を極めていきました。そして、ついに彼独自の「人格医学」という分野を切り開いていったのでした。
人格医学というのは、従来の医学を否定するものではなく、従来の肉体と心理としての人間理解に、霊という一番人間にとって根源的な面を含めて治療に当たるというものです。そのため、彼は神学と哲学を独学で学んでいきました。医学に人格を吹き込んだ人と言ってもいいかもしれません。そしてこれはあらゆる分野で必要とされていることではないでしょうか。ビジネスにも政治にも農業にも、人格の成長をその目標に組み込んでいくとき、それぞれの営みの真の意味が生まれてくるのではないでしょうか。
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福江等(ふくえ・ひとし)
1947年、香川県生まれ。1966年、上智大学文学部英文科に入学。1984年、ボストン大学大学院卒、神学博士号修得。1973年、高知加賀野井キリスト教会創立。2001年(フィリピン)アジア・パシフィック・ナザレン神学大学院教授、学長。現在、高知加賀野井キリスト教会牧師、高知刑務所教誨師、高知県立大学非常勤講師。著書に『主が聖であられるように』(訳書)、『聖化の説教[旧約篇Ⅱ]―牧師17人が語るホーリネスの恵み』(共著)など。