カトリック・プロテスタントの教派の壁を超えたトークイベント&ライブが6日、星美学園短期大学(東京都北区)で開かれ、共に過去に犯罪を犯した経験のあるシロアムキリスト教会主任牧師の鈴木啓之氏と、カトリック信者でNPO法人マザーハウス代表の五十嵐弘志氏が、「生きた愛に出逢(であ)って」をテーマに対談した。刑を終え出所してきた人たちに対するケアの手厚い社会の確立を訴えるとともに、両氏とも元加害者であることから、その経験を基に、「加害者・被害者をつなぐ橋渡し」となる考えであることなどを語り合った。
対談を行った鈴木氏と五十嵐氏の共通点は「人の道から外れた」過去を持っていること。鈴木氏は17歳でヤクザの世界に入り、不思議な導きでイエス・キリストに出会うまでの17年間、欲望のおもむくままに生活を送ってきたという。一方の五十嵐氏も、「薬以外の犯罪はなんでもやった」という前科3犯、受刑歴約20年という経歴の持ち主。キリストと出会ったのも獄中だった。2人とも、現在はそれぞれの立場から社会の底辺で苦しむ人たちに寄り添い、自立を支える日々に奔走している。
対談の中で2人はまず、「家でも学校でも居場所がなくなっている子どもが増えている」と指摘。鈴木氏は、「親子間にあつれきができ、その場しのぎの親子を演じている家庭が多い」とし、「核家族化により、コミュニケーションが不足し、子どもはバーチャルな世界に入っていくしかなくなる。そのうち、その世界にも追い付けなくなり、無理強いして自分を追い詰めている」と現在の若者の現状を憂いた。
五十嵐氏は、「子どもたちは、大人を信用していない。その証拠に、子どもたちが『助けて』を言えない社会になっている」と言い、大人がもっと子どもと同じ目線で語らい、そうすることで、子どもたちを大人が支えていくことの重要性を訴えた。鈴木氏も「地域の中で、それぞれの役割を持つ大人がジャンルを超えて心を閉ざした子どもたちに向き合い、彼らの支援に真剣に取り組むことが大切だ」と呼び掛けた。
また鈴木氏は、今の日本の社会を変えていく必要性についても言及。「今の日本は、家族の中の一人が犯罪を犯すと、家族・親戚全員が社会的に罰せられるシステムになっている。それでは、犯罪者の家族は社会による被害者になってしまう」と指摘した。また、刑を終え出所してきた人たちに対するケアが無きに等しい現状を説明し、そのために生活ができず再び犯罪に手を染めてしまう傾向が高いことを社会がもっと認識すべきだと訴えた。
これに対し、五十嵐氏も「前科者に対する社会の壁はものすごく高い」と自身の経験も踏まえて鈴木氏に同調。行政の対応に関し、「役所に生活保護などの相談に行くと、必ず『あなた何をやったんですか』と聞かれる。本来ならば『何をやったのかではなく、今後何をやっていきたいですか』のはずではないか」と批判した。行政に対しては、鈴木氏も、「今の状態を見るのではなく、1年後、2年後の姿を想像して対応してほしい」とし、出所者を「見守る」という視点で支援する必要性を強調した。
一方、鈴木氏は、「私たちは加害者側だったから、被害者側に対する気持ちが希薄だったかもしれない」とも言い、「加害者・被害者をつなぐ橋渡しとなることで、問題の根になったものを考えていきたい」と言葉を継いだ。また五十嵐氏は、敬愛するマザー・テレサから「知ることは愛につながる」と学んだことを伝え、「自分は何ができるのかということを、一人ひとりが考えていけば社会は必ず変わる」と述べ、両氏とも、変化を恐れず、勇気を持って自分を変えていくことの大切さを強調した。
最後に五十嵐氏は、「門をたたきなさい。そうすれば開かれる」というマタイによる福音書7章7節にある聖句から自身が導き出したという「壁を自ら壊すことで、希望が生まれる」という言葉を紹介。これを受けて鈴木氏は、「“壁”は人生のステップアップのための踊り場」だと言い、「信じている向こう側に神様がいる。信じる者はどんなことでもできる」と、神は常に人間が変わることへの励ましを与えてくださっていることを力強く語った。
対談の後は、東北の被災地でボランティア活動を続けるシンガーソングライターのよしだよしこさんによるミニライブが行われた。よしださんは、被災地でも特に仮設住宅に暮らす人たちに音楽を届けているそうで、その優しい歌声と音色の美しさに笑顔を取り戻したお年寄りも少なくないという。この日のライブでも、米国の民族楽器マウンテンダルシマーとギターを奏でながら、愛に満ちあふれた6曲のオリジナル曲を美しい声で歌い上げた。
よしださんは、このトークイベント&ライブの主催者である「office 音符 otonofu」代表の末森英機さんが企画した奈良少年刑務所の少年たちによる詩を元に制作されたCDアルバム「ぼくのゆめは・・・『空が青いから白をえらんだのです~奈良少年刑務所詩集』から」にも参加しており、この日もその収録曲である「ぼくのママ」と「雨と青空」を歌った。少年たちが作った詩を一言一句も違わずにそのまま曲を付けた伸びやかな歌は、少年たちの心の叫びとなって響き渡り、会場は静かな感動に包まれた。