受刑者の更生や就労支援、また受刑者の状況に関する啓蒙活動などを通してトータルに受刑者をサポートするNPO法人マザーハウス。その理事長である五十嵐弘志氏は、25歳のときに懲役4年を宣告され、その後出所と逮捕を繰り返し、服役生活は約20年に及ぶ。しかし、3度目の逮捕で留置場に勾留されていたとき、後から入ってきた日系ブラジル人から聖書の話を聞き、イエス・キリストに出会ったことで、五十嵐氏のその後の人生が大きく変わることになった。
「イエス様についてもっと知りたい」という思いから、拘置所の中で差し入れてもらった聖書をむさぼり読むうちに、使徒言行録9章4節の「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」という御言葉に、「弘志、弘志、なぜ、罪を犯すのか」という神の声が重なった。その時、自分の罪を深く悟り、生まれて初めて「神様、ごめんなさい」と告白し、イエス・キリストを受け入れたという。
2011年12月に出所し、敬愛するマザー・テレサの「日本のカルカッタで奉仕活動をしなさい」という言葉を思い出した五十嵐氏は、日本のカルカッタ、すなわち最も貧しい場所が、自分のいた刑務所だと気づく。「そこは本当に孤独で、心が荒んだ場所だった」と五十嵐氏は話す。そして、そこにイエスと共に出掛けていこうと決心した。
マザーハウスは、2014年5月23日にNPO法人として登記されることになるが、設立までの道のりは困難の連続だった。「本当は、出所してすぐに設立したかったが、欠格事由ということで、申請の許可を得るのに2年待たなければならなかった」と五十嵐氏は当時を振り返る。
誰かにNPO法人の代表になってもらい、即設立ということも考えたが、「当事者がやらなければだめだ」という身元引受人のアドバイスを聞き入れ、2年待つことになった。その間、定款づくり、活動計画や予算書の作成、役員名簿など、全て一からの作業だった。
五十嵐氏のこだわりは12人の役員だ。「12人は多すぎだという意見もあったが、どうしても『イエス様の12弟子』に倣いたかった」と話す。役員のうち10人はクリスチャンで占められている。
また、「マザーハウス」という名称についてもひと悶着(もんちゃく)があったという。五十嵐氏は、マザー・テレサの精神に乗っ取って、マザー・テレサが奉仕したインド東部のカルカッタにある施設「マザーハウス」と同じ名前にすることを決めていた。ところが、神の愛の宣教者会のボランティアをしているクリスチャンから、「『マザーハウス』の名前を使って金集めをしている」と非難された。その悔しさを神の愛の宣教者会の院長に話し、同修道会の総長に直談判をして許可を得たという。
元受刑者に対する社会の壁にも遭いながらも、NPO法人を立ち上げ、マザーハウスの働きが守られているのは、「イエス様に示されたマザーハウスによって、戸をたたけば、必ず扉は開かれると信じているから。壁を破るためにマザーハウスが与えられた」と五十嵐氏は言う。
一方、五十嵐氏は、世の中でさまざまな支援活動が行われる中、刑務所に手を差し伸べることがほとんどない現状を指摘する。「刑務所にいる人たちも同じ人間で、深い傷を持っている。だからこそ、その場に一緒に寄り添って、話を聞いてあげなければならない」。身近にいる最も貧しい人たちと関わることこそ、愛の実践だと、祈りに加えて行動することの大切さを語る。
マザーハウスの活動の一つに、「マザーハウス・ラブレター・プロジェクト」というものがある。これは、受刑者と文通を通して交流するというもので、今、大学生も含め約160人が参加している。「刑務所にいると自分は社会から取り残され、何の価値もない人間に思えてくる。手紙というものが、そういった気持ちを本当に救ってくれる」と五十嵐は力を込めて話す。
ラブレター・プロジェクトの他にも、コーヒー豆の販売や便利屋サービス、古本募金などの活動も行っている。これらは、出所者の就労支援事業の一環として行われているものだ。「支援で大切なのは、立ち上がれるようにすること」だと五十嵐氏は活動の意義について説明する。さらに、「出所者」とあえて表示することで、社会の偏見をなくすことにつながっていくという。
マザーハウスに行けば居場所がある。そう受刑者が思えるような活動を広げ、また一人でも多くの人にその存在を知ってもらおうと、五十嵐氏はさまざまな場所へ自ら出向き講演活動も行っている。出所後まだ3年と数カ月しかたたないが、「日本のカルカッタ」へ向かう五十嵐氏の思いは熱く、「必ず扉は開かれる」と、イエスと共に行くその信仰の歩みには固い確信が満ちている。
■ ︎特定非営利活動法人マザーハウス
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