間違いなく、過激なイスラム聖戦主義のテロリストはパリで欧米文化の核心、つまり意見表明の自由、表現の自由、良心の自由、信教の自由に対して攻撃した。これらの自由は欧米文化には不可欠で、何ものにも変えがたい価値観だ。事実、意見表明の自由は、1948年の世界人権宣言第19条「すべて人は、意見及び表現の自由を享有する権利を有する(抜粋)」にある普遍的権利として大切にされてきた。
過激な聖戦主義者が攻撃的な漫画を理由に漫画家を殺りくしたことは、見過ごしてはならない。この点において私自身の姿勢を表明することが重要だと信じている。個人的には、宗教的な像や信者の信仰の核心を侮蔑したり風刺したりするべきではないと考えている。私は、誰かの宗教的信念や家族を侮蔑したり中傷したりしていいとは思わない。私たちは人々の信念について分析し、討論し、またその長所を論議することはできるし、そうすべきだが、侮蔑したり風刺したりすべきではない。私は、キリストの磔刑(たっけい)図が尿に似た液体に沈められているものを芸術作品として見たときに、どれほど傷ついたかを覚えている。まとめると、一人のキリスト教徒として、私は「黄金律」に従うように、また私が他の人にしてほしいと願うことをするように命じられている。
このような見地から、ある人がそのような人物や、信念を侮蔑したり風刺した人を殺害したとき、社会は立ち上がって「私たちをいじめたり威圧したりしないでください」と声を上げる義務がある。私は、このような暴挙に対する基本的人権や自由の見地からの正しい発言は、「私は誰かが言っている全てのことには賛成しないでしょうが、その人たちの発言する権利は死をもってでも守ります」だと考える。
私は、米国における全ての主流の、また電子版のニュースサイトの発行者は、同一の日に一斉に風刺画を出版、または放送すべきだと考える。数には力がある。そしてこうすることで私たちは敵に対して、約250年前に祖先が自分たちの権利を否定されたときに言った言葉「私を踏みつけないでください!」と言えるからだ。
殺されたフランスの漫画家は、先の聖戦主義者の脅威に面して「ひざまずいて生きるくらいなら、立って死ぬほうがましだ」と言ったという。
1988年、ハスラー誌(米国の月刊ポルノ雑誌)とジェリー・ファルエル牧師(米国のテレビ伝道者で根本主義に近い立場を取る牧師)のケースでは、米国連邦最高裁はこの宗教的、大衆的な人物に対する最も下品でぞんざいなパロディーを保護することを支持した。ウィリアム・レンキスト元連邦最高裁判所長官は、この悪名高い判例の多数意見として、「合衆国憲法修正第1条の核心は、民衆の興味や関心ごとについて、アイデアや意見を自由に表明し合うことの根本的な重要性の認知である」と書いた。そして、「人が心にあることを発言する自由は、個人的な自由からの見地だけではなく(もちろんそれ自体はよいことなのだが)、全体的に見て、一般的な真理の追究や社会の活力には不可欠である」と続けた。
私たちは自分の持つ権利を実践しなければならない。さもなければ、ハイジャックや宗教をねじ曲げることで、このような粗野な行いを正当化しようとし、全世界に押し付けようとしている野蛮人に負けるだろう。過激なイスラム聖戦主義者たちは、私たちが神から与えられた良心の自由、表現の自由、意見表明の自由を、剣、銃弾、自爆によって差し押さえ、抑圧しようとしている。
このような新しいナチスとは対決し打ち負かさなければならない。なだめてはならない。米国の勇気、原則、リーダーシップがなければ、対決し打破することはかなわない。ちょうど第2次世界大戦において、米国のリーダーシップなしにはナチスを打倒できなかったように。しかし、米国は単独でそれをすることはできない。そして最終的に、現実的で、力強く、可能性豊かで効果的な助けがイスラム世界の中から来ようとしている。
過激なイスラム聖戦主義者による恐ろしい連続襲撃が全世界の注目のほとんどを集める一方、ここ数日間、過激なイスラム聖戦主義の問題に対して、イスラム教徒やアラブ諸国が地震のごとく揺れ始めているようだ。今年1月1日、エジプトのアブドルファッターフ・アル・シシ大統領はカイロにあるアズハル大学(アラブ諸国の中で、イスラム教の教義と原則において最も重要な拠点と広く考えられている)を訪れ、恐らく将来においてこれまでの歴史的なスピーチ、たとえばマーティン・ルーサー・キング牧師の「私には夢がある」スピーチ、ジョン・F・ケネディ大統領の「私はベルリン人です」スピーチ、そしてロナルド・レーガン大統領の「ゴルバチョフ書記長(元ソビエト連邦最高指導者)、この壁を破ってください」スピーチに匹敵するであろうスピーチを行った。
シシ大統領は、大学に集まったイスラム教の聖職者と学生たちの前で直接語った。集まったイマム(イスラム教指導者)と学生を直接的な対象として、シシ大統領はイスラム教の中での革命を導くよう呼び掛けた。シシ大統領のスピーチは実に注目すべきものだ。
「私は宗教を学ぶ学生とその指導者に対して語ります。私たちは現在の状況に対して、長い目で、冷静な見方をしなければなりません。私たちが崇拝しているイデオロギーによって、私たちの国全体が懸念、危険、殺りく、破壊の根源として全世界に捉えられてしまうとは想像できません。
私は『宗教』という言葉ではなく、私たちが数世紀にもわたって崇拝してきた考え方や文章の実体である『イデオロギー』という言葉を使いました。
そして、このイデオロギーが全世界の敵と見られかねないところまで来ています。ここアズハル大学の宗教指導者と学生の前でこのように申し上げます。きょう、私が皆さんに語ったことについて、アラーが裁きの日に、ご意志による真実の証人となってくださいますように。あなたは(このイデオロギーに)囚われている限り、物事をはっきりと見ることはできません。真に覚醒した神学に近づくためにも、ここから外に出て、外から物事を見なければなりません。もう一度言わせてください。私たちは、私たちの宗教に革命を起こす必要があります。名誉あるイマム(グランド・シェイク)、あなたはアラーの前に責任を負うのです。全世界があなたの言葉を待っています。イスラム教の国々はずたずたにされ、破壊され、そして破滅へと向かっているからです。私たち自身が、自ら破滅へと導いているのです」
そしてエジプト大統領は語っただけではなかった。1月6日、シシ大統領はコプト正教会のミサにエジプト大統領としては史上初めて出席し、エジプトのキリスト教徒に対する深い感情を話した(関連記事:イスラム教徒のエジプト大統領、キリスト教会に画期的な訪問)。シシ大統領の政治に対して誰がどのように思おうとも、これは堅実で勇気ある行動であり、一世代前の先達サダト元エジプト大統領のように、さもあれば暗殺されかねないような行動でもある。
このことはまた、マルティン・ルターが5世紀前に主導した歴史的な宗教改革にも匹敵するような「変化」が、イスラム教の中に起こり始める最初のサインともなり得る。
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リチャード・D・ランド(Richard D. Land)
1946年生まれ。米プロテスタント最大教派の南部バプテスト連盟(Southern Baptist Convention)の倫理および宗教の自由委員会(Ethics & Religious Liberty Commission)委員長を1988年から2013年まで務める。米連邦政府の諮問機関である米国際宗教自由委員会(USCIRF=United States Commission on International Religious Freedom)の委員に2001年、当時のジョージ・W・ブッシュ米大統領から任命され、以後約10年にわたって同委員を務めた。2007年には、客員教授を務めている南部バプテスト神学校がリチャード・ランド文化参加センター(Richard Land Center for Cultural Engagement)を設立。この他、全米放送のラジオ番組「Richard Land Live!」のホストとして2002年から2012年まで出演した。現在、米南部福音主義神学校(Southern Evangelical Seminary)校長、米クリスチャンポスト紙編集長。