クリスチャンだったら誰もがピンとくる、そんな店名を看板に掲げた一軒の店が、埼玉県蕨(わらび)市にある。「5つのパンと2匹の魚」。クリスチャンでない人にとっては、「長い店名だけど、パン屋さん?魚屋さん?」といまいち理解されにくいというが、ここは、焼きたてパン・おいしい食事・こだわりのコーヒーでもてなしてくれる、くつろぎのベーカリーカフェだ。
静かな住宅街の一角にある「5つのパンと2匹の魚」は、軽井沢を思い出させるような外観で、自然と街の中に溶け込んでいる。店内をのぞき込める大きな窓ガラスには、「JESUS CHRIST son of god SAVIOUR」と書かれており、ドアを開けて中に入ると、賛美歌のBGMが心にスッと入り込んでくる。右手奥の壁に作られた大きな十字架は、ぬくもりのある木の素材で、違和感なくカフェの雰囲気とマッチしている。
「5つのパンと2匹の魚」では、毎日20種類以上のパンが作られており、パン好きにはたまらないラインナップで並べられている。ランチは定番メニュー3種類と日替わり定食が用意され、手作りケーキ・プリンも楽しめる。こだわりのコーヒーは、スペシャリティーという最高ランクの豆を使用しており、2種のブレンドはどちらもオススメだ。パンを買って帰る人、パンを買って食べていく人、ランチを頼む人、お茶を飲みに来る人、楽しみ方は人それぞれ。
だが、一番のお目当ては、オーナーの長迫(ながさこ)智恵子さんに話を聞いてもらうこと、という人が多い。クリスチャンも、そうでない人も、カウンター席に座って長迫さんに話しかける。暗い顔をして来た人も、帰るときにはみんなすっきりした顔になっている。
歩いて5分の近所に住むというあるお客は、幼稚園の男の子と、赤ちゃんを連れて来店。キッズスペースで遊ぶ赤ちゃんを横に見ながら、パンを食べる。「小さい子どもを連れて行けるカフェは他にありませんよね。安心して来られる場所があるのはすごく嬉しいです」と、午後のお茶の時間を子どもと話しながら、ゆっくり過ごしていた。
店内には、教団・教派を超えたいくつもの地域の教会案内が置かれ、「興味のある方はお気軽にお尋ねください」と案内が出ている。いのちのことば社からの委託販売も請け負っており、クリスチャングッズ・書籍も非常に豊富だ。
長迫さんは、日本基督教団埼大通り教会(さいたま市)の教会員。「クリスチャンカフェとうたってはいるけれど、キリスト教の押し付けをする気はないんですよ」と語る長迫さんだが、カウンターに座って話を聞いていると、イエス・キリストが空気のように店内を満たしているのが感じられる。それは、「クリスチャン」「キリスト教」を前面に押し出す必要がないほどに、このカフェの土台と大黒柱がキリストであるからだ。キリストなくしてはこのカフェは存在しえない。
「すがりつくのは神様しかいなくなりました」。長迫さんははっきりとそう話す。カフェの経営は、決して順風満帆ではない。お客さんが来ない午後は、ひとりぼっちで寂しい思いをする。店の外を通り過ぎていく人が、¥マークに見えてしまうことがある。売れ残ってしまったパンは、知り合いにメールをして買い取ってもらう。ご主人の金銭的な援助を受けて、経費のマイナスを埋める月もある。
気持ちが落ち込むたびに、自分が訓練されていると感じるという長迫さん。「誰か、人間に頼ろうとすると、不思議とその相手がいなくなってしまうんです。人間ではなく、神様に頼ることを教えられる、その繰り返しなんですよ。自信がなくなるほど、神様の働きを確認させられますよね」と穏やかな笑顔で話す。
「あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない」。このみことばは真実だ。だが、神は、神に仕える者に恵みを惜しまない。長迫さんがカフェをオープンしたのは2011年。それまでは長い間、幼稚園教諭として働いていたが、ケーキ教室に行ってみたい、という願いを持って50歳を機に退職した。
人と話をするのが好きという賜物を生かしてカフェでも開けたらいいな、と漠然と考えていた。しかし、気がつけば、思いがけない形でどんどん道が開かれていった。失業手当を受けながらお菓子教室に通っていると、パン作りの職業訓練校第一期生に合格した(学費は無料!)。「あなたのパンはおいしいから、お店を開きなさい」と出店場所を紹介してくれる人が現れた(賃料は激安!)。改装費用はどうしようと思っていたら、亡くなった母親が貯金をしてくれていた。研修をしていたパン屋が閉店することになり、多くの備品を譲ってもらえることになった。
世の人はそれらを偶然と言うかもしれない。しかし、クリスチャンはそれを恵みという。
「神様の恵みは、人間の知恵でははかりきれない絶妙さがありますね。お金は入ってこないんですけど、金額に換算したら莫大になるほどの恵みの積み重ねで、3年間続けられてきました」
カフェ営業を最初は快く思っていなかった家族も、今は思いをひとつに協力してくれる。夫婦の絆は強くなった。ご主人は一般企業で働いているが、神学校を卒業しており、カフェでの集会でメッセージを取り次いでくれている。この3年の間だけでも、与えられた賜物は、神様のために使えば使うほど成長することを実感してきたという長迫さん。それはまさに、店名の「5つのパンと2匹の魚」の意味するところそのものだ。話を聞くために、男だけでもおよそ5千人の人が集まってきたとき、食べるものがないのを見たイエス・キリストは、少年の差し出した「大麦のパン5つと小さい魚2匹」を感謝をもって祝福した。人々は欲しいだけ食べ、12かごがいっぱいになるほどに余ったと、新訳聖書には記されている。
このイエス・キリストの奇跡と同じように、「神様の栄光のために」と開いたこのカフェを、神は豊かに祝福し、多くの人のお腹と心を満たしている。定年退職が近いご主人と二人三脚で、これからますます神にどう用いられていくのか、先が分からないからこそ楽しみでならないという。
営業に関するお問い合わせ・詳細は、「5つのパンと2匹の魚」(電話:048・445・1288、ホームページ)まで。