11月6日の朝食の席でのT先生との対話のもう一つの焦点は、福音書記者ルカが、「私も、すべてのことを初めから綿密に調べておりますから、あなたのために、順序を立てて書いて差し上げるのがよいと思います。尊敬するテオピロ殿」(ルカ1:3)と、福音書をテオピロ個人に書き送るとの記述(使徒1:1参照)を、第一義的にそのまま受け止め、ルカの福音書をその視点から理解する基本的態度についてでした。
今、ここで、この人・テオピロ個人に向けて書き記した事実の故に、いつでも、どこでも、誰に対しても通ずる普遍性を持つと受け止めるのです。
同様に、新聞記者も誰に向かい、何をいかに、なぜ書くか、読み手との関係が基盤であり、その基本は、顔と顔を会わせて語る人格的な関係です。
一人を大切に、顔と顔を会わせて人格的にとは、インタビュ-記事の場合に明らかなように、記事の取材の際に大切で、取材において個人を大切にするとき、当然取材の記述においても読者各個人を重視します。
さらに、ルカの福音書1章1〜4節の事実や目撃者をめぐる事柄は、福音書記者ばかりかでなく、どのような文学類型で記述するとしても聖書記者全体にとっても要です。
同様に小紙の各記者にとって大切な個人尊重の原則は、小社全体の在り方に関係してきます。何よりも読者と小紙の関係は、本来顔と顔を会わせる人格的、個人的な関係のはずです。この道こそ、神から人へ・人から神への両方向を軸に展開する聖書の一貫する特徴です。
T先生との朝食の対話の静かな波紋の広がりを楽しみにしています。
■ 福音書記者とインターネット新聞記者:(1)(2)
(文・宮村武夫)