山室軍平
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危機の時代から刷新の時代へ(2)因果応報は聖書の教えか 岩村義雄
2017年の九州北部豪雨で、福岡県朝倉市杷木松末の山間部は9時間にわたり、気象観測史上でも最大級の集中豪雨となりました。松末小学校の体育館は土砂で埋まりました。しかしこの災害は、本当に防ぎきれなかったものなのでしょうか。
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映画「地の塩 山室軍平」の東條監督が礼拝に参加 東京キリストの教会で
映画「地の塩 山室軍平」を手掛けた東條政利監督が5日、東京キリストの教会(東京・渋谷区)の礼拝に参加した。礼拝後には映画を鑑賞した人たちと交わりの時間が持たれた。
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映画「地の塩 山室軍平」東條政利監督インタビュー 21日から全国順次ロードショー
日本人で初めて救世軍士官となった山室軍平(1872~1940)。その生涯をさわやかに描いた映画「地の塩 山室軍平」(東條政利監督)が21日から、東京の新宿武蔵野館、軍平の出身地である岡山のシネマクレールなど、全国で順次公開される。
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東京都:「ただ、愛のために生きた」 映画「地の塩 山室軍平」プレイベント・トークショー 10月7日
10月21日公開の映画「地の塩 山室軍平」のプレイベント・トークショーが10月7日(土)、東京・神保町の「ブックカフェ 二十世紀」で行われる。スペシャルゲストとして東條政利監督と髙間賢治撮影監督が出演する。
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長野・井口喜源治記念館を訪ねて 明治時代に生きた真の教育者
北アルプス山脈を望む長野県安曇野市。この地の一角に、井口喜源治(きげんじ)記念館はある。華美な装いは感じられない質素な記念館だが、信濃の地に「真の教育」を築いたキリスト者がいたことを教えてくれる場所だ。
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山室軍平の映画今秋公開に向け 石井十次描いた映画「石井のおとうさんありがとう」大阪と東京で上映会
映画「石井のおとうさんありがとう」の上映会(「山室軍平の映画を支援する会」協賛)が、救世軍大阪セントラルホール(大阪府大阪市)と救世軍山室軍平記念ホール(東京都千代田区)の2カ所で行われる。入場無料。
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日本の社会福祉の先駆者、山室軍平の生涯が映画化 2016年秋公開予定
日本人最初の救世軍士官として日本救世軍の創設発展に尽力し、終生にわたり社会福祉事業に身をささげた山室軍平。社会に対して強いメッセージを訴える映画作品を世に送り続ける現代ぷろだくしょんがこのほど、山室軍平の生涯を描いた映画の製作を発表した。
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貧民救済に命賭けて―山室軍平の生涯(最終回) 結び
明治39年(1906年)になると、救世軍の事業も広がり、労働紹介所、木賃宿「箱船屋」、学生寄宿舎、女中寄宿舎、救世軍料理屋、神戸水夫館など新しい事業が開始された。これらの事業は伝道と相まって社会に大きな感化を与えることになった。
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貧民救済に命賭けて―山室軍平の生涯(9) 廃娼運動の火
軍平は、救世軍本営において娼妓(しょうぎ)解放の運動を起こすことを提案した。そして、大佐プラードと少佐デュースと共にこの運動の先駆者モルフィを名古屋市南久屋町に訪ね、いろいろと必要なことを教えてもらった。
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貧民救済に命賭けて―山室軍平の生涯(8) 平民の福音
明治30年の9月。軍平は山田彌十郎(やまだ・やじゅうろう)と共に、三崎町に日本救世軍の小隊(教会)を作った。そして熱心に伝道すると共に、聖書で言われている「隣人を愛せよ」ということを行動を通して世の中に示していかなくてはならないと感じた。
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貧民救済に命賭けて―山室軍平の生涯(7) 救世軍に身を投じる
明治28年(1895年)10月半ば、軍平は救世軍本営のライト大佐に面会に行く。ライト大佐はすぐに彼に入隊を勧めた。しかし、彼はもう少し勉強をしてから入隊したいと思った。
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貧民救済に命賭けて―山室軍平の生涯(6) 売られる少女、捨てられる子ども
明治24年10月のことである。岐阜から愛知にまたがる濃尾地方に大きな地震があり、家は残らず倒れ、火事が発生、辺りは焼け野原になった。死体が累々と横たわり、幼い子どもは泣くことも忘れたように茫然(ぼうぜん)と肉親の傍に立ちつくしていた。
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貧民救済に命賭けて―山室軍平の生涯(5) 飲まず食わずの日々
軍平は東京に戻らず、そのまま同志社に留まりたいと強く願った。京都の同志社には社会の第一線で活躍している人物が多数出入りし、有名な教授がそろっていたからである。
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貧民救済に命賭けて―山室軍平の生涯(4) 人生の転機
明治21年(1888年)9月。軍平は築地活版所を辞め、伝道学校に通うことになった。築地福音教会の会員で実業家の山中孝之助(やまなか・こうのすけ)という人が彼の生活を助け、学校に行って学ぶようにと勧めたからであった。
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貧民救済に命賭けて―山室軍平の生涯(3) キリスト教に入信する
明治20年(1887年)冬。その日も軍平はいつものように昼食を早めに済ませて散歩に出かけた。と、祝橋(いわいばし)の所まで来ると、人々が騒いでいる。
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貧民救済に命賭けて―山室軍平の生涯(2) 悲しい出会い
松浦鳳之進の元に下宿してから一カ月ほど経ったある日。築地活版所で少年職工を求めているという知らせが来たので、直ちに軍平は紹介状を持って向かった。面接に通り、いよいよ社会人としての第一歩を踏み出したわけである。
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貧民救済に命賭けて―山室軍平の生涯(1) 強さと優しさと
明治19年(1886年)8月。ここは東京の新橋(しんばし)である。商店街はにぎわい、人々が行き交う間を人力車夫が威勢のいい掛け声と共に車を引いて通り過ぎてゆく。そんな中に、一人のみずぼらしい身なりの少年が辻(つじ)から辻へとうろついていた。
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