児童虐待防止を呼びかける「オレンジリボン運動」の啓発イベント「オレンジゴスペル」の全国ツアーが、今年も児童虐待防止推進月間である11月に合わせて開催され、18日には東京都品川区の複合施設「スクエア荏原(えばら)」で東京公演が開かれた。
オレンジゴスペルは、米ニューヨーク在住のゴスペル音楽プロデューサーである打木希瑶子さんが発案し、2011年に始まった。結婚相手の米国人男性から家庭内暴力(DV)に遭ったことでうつ病を発症し、一時はホームレス状態にまで陥った経験のある打木さんが、DV加害者も幼少期に虐待被害に遭っている可能性が高いことを知ったことがきっかけで企画。日本の児童虐待の大きな原因は保護者の孤独にあるとし、子育て世代を孤立させないよう、社会全体が子育てに関わることを呼びかけている。
東京公演に出演したのは、ミュージック・ダンススタジオ「roots」(東京都目黒区)で活動するゴスペルグループ「roots Shout Praise」、聖書キリスト教会(同練馬区)で活動する「江古田キッズゴスペルクワイア」、米ロサンゼルス在住のギタリストである藤波慎也による「Shinya Fujinami with Choir」、オレンジゴスペルのオリジナルグループ「Orange Voice of Unity」と「Don't Give Up Choir」の計5組。出演者一人一人が児童虐待防止のシンボルであるオレンジ色のリボンを胸に付け、それぞれにメッセージを乗せた楽曲を届けた。
今年初参加となった「roots Shout Praise」の代表でゴスペルディレクターの水帆は、現在は成人しているという2人の子どもを育てた経験を分かち合った。当時、同じく子育てをしている友人が近くにいなかったことなどから孤独を感じ、「今、考えるとあれが育児ノイローゼだったと思う」と吐露。オレンジゴスペルのコンセプトである「合唱のように、子育てもみんなで!」に強く共感して参加を決めたと話した。
この日は幼稚園の年長から小学4年生までの男女8人でステージに立った「江古田キッズゴスペルクワイア」は、「生きてるって素晴らしい」「勇気をください」の2曲を披露。文字通り元気いっぱいの歌声と振り付けで会場を沸かせ、「勇気をください」は手話も付けて歌った。
ゴスペルを歌い始めて30年近くなるという藤波慎也は、「一番大事な独り子のイエス様を与えてくださるほど、神様は私たちを愛してくださるお方だと聖書に書いてあります。ぜひ今日、そのメッセージを受け取ってもらいたいです」と伝え、男女4人のクワイアと共に「Jubilee」「Your Name」の2曲を歌った。
MARISA、坂上悦子、水帆、菊田ゆきのの女性歌手4人による「Orange Voice of Unity」は、坂上が作詞作曲の「息〜Breath」と、米ゴスペル歌手ラス・タフの代表曲「We Will Stand」を歌った。曲の合間、MARISAは「オレンジゴスペルを企画する中で伝えたいメッセージが幾つもあります」と言い、特に子育てをする親たちに対し、「決してあなたは一人じゃない。あなたと共に私たちもいる。あなたを助けるために、祈るために、支え合うためにそばにいる」「あなたは一人じゃないし、一人で頑張る必要もない。時には私たちに頼って、神様に頼って」と伝えた。
4組が歌った後、打木さんが短いメッセージを語った。50代になってから米国の大学で心理学を学び始め、現在は大学院に進学し、先月には所属するニューヨークの大型教会で按手(あんしゅ)を受けて牧師となった打木さんはこの日、社会心理学の中で扱われる集団心理の一つである「傍観者効果」を紹介。「周囲が騒いでいないから緊急性がないと思う」(多元的無知)、「自分だけ責任を取るのを避ける」(責任分散)、「自分が行動を起こすことで起こるネガティブな評価を恐れる」(評価懸念)の3つによって、誰もが傍観者になり得ると話した。
また、傍観者効果の事例として有名な「キティ・ジェノビーズ事件」に言及。1964年にニューヨークで起きたこの事件では、暴漢に襲われた20代の女性キティ・ジェノビーズさんの助けを求める声を周囲の住民38人が聞いていながら、皆が傍観者となり、誰一人警察に通報することはなかった。打木さんは、半世紀以上前にニューヨークで起きたこの事件と、オレンジリボン運動が始まるきっかけとなった2004年に栃木県小山市で起きた児童虐待事件を重ねながら語った。
小山市の事件は、3歳と4歳の兄弟が虐待の末、父親の友人の男性から川に投げ込まれ殺害されるという痛ましいものだったが、事件前にはコンビニの店員が異常に気付いて通報し、警察と児童相談所が一時介入していた。しかし、その後十分な支援はなく、虐待が続き、最終的に幼い2人の命が奪われる惨事に至った。また、この事件の直前、亡くなった兄弟は地元の教会のイベントにも参加していた。教会の牧師は、その兄弟に何もしてあげられなかったことへの後悔を手記に記しているという。
「日本人は優しいからたくさん心配します。でも、『誰かがやるだろう』『誰もまだ騒いでいないから、私が声を上げたくない』とどこかで思っていませんか。私じゃなくても、誰かがやるのではないか、そういうことを繰り返していると、(虐待の)防止にならない」と打木さん。地域のつながりが希薄になり、核家族化が進んだ現代社会では、親、特に母親に子育ての負担が大きくのしかかっている現状があることを指摘しながら、「社会全体がお父さんやお母さんをサポートしない限り、傍観者になり続けている限り、この(虐待の)問題は全く解決しません」と訴えた。
メッセージの後には、「Don't Give Up Choir」が、中学生のダンスグループ「A.COUNT」、菊田ゆきの、ソウルシンガーのNobらとコラボして、「GOSHEN 432HZ」など3曲を歌った。
オレンジリボン運動を推進する認定NPO法人「児童虐待防止全国ネットワーク」の理事で、子育てアドバイザーとして活動する高祖常子さんは、「あなたは一人じゃないというメッセージを伝えながら歌ってくださいましたが、やはりそういうことが大事だと思います」とコメント。虐待を受けている子どもたちは誰しもが少なからずSOSのメッセージを出しているが、関心を示してくれなかったり、否定されたりすることで、助けを求める声さえ出さなくなってしまうことがあると指摘。「(子どもたちから)相談されることがあれば、大きな心で受け止めてほしい」と話した。
最後には、出演グループ全員がステージに上り、オレンジゴスペルの応援歌となっている「Don't Give Up」を大合唱した。
今年のオレンジゴスペルの全国ツアーは、新潟、東京、大阪の3カ所を巡る。最終公演となる大阪公演は、23日(木祝)午後2時から、大阪府島本町の「しまもと里山認定こども園」で行われる。参加無料、120人限定。阪急バス・桜井口バス停から専用シャトルバスが、午後1時、同1時15分、同1時30分の3回出る予定。問い合わせは、メール([email protected])で。