10月1日は私にとって、また私が所属するニューヨークの教会「ベテル・ゴスペル・アッセンブリー」(BGA)にとって、新たな歴史の1ページが開いた日となりました。それは、BGAの106年の歴史で初となるアジア人牧師、しかも日本人女性の牧師が誕生したからです(BGAの歴史については、「成長し続ける教会の秘訣とは? 創立100周年、米ニューヨーク・ハーレムの教会の挑戦」を参照)。
BGAのカールトン・ブラウン主任牧師から、牧師になるための按手礼(あんしゅれい)の申し出があったのは、アライアンス大学の卒業式が終わってホッとしていた5月中旬ごろでした。私は引き続き大学院生として学びを続けることになっていたので、久しぶりの夏休みを楽しんでいました。ブラウン牧師からの予想外の申し出に少し驚いたものの、私は事の重大さをあまり考えておらず、安易に「まあ、それは名誉なことです。ありがとうございます」と返事をしてしまいました。その曖昧な私の返事をブラウン牧師は「Yes!」と受け取りました。
それから2週間後、大学が閉鎖する可能性があるという情報が私の耳に届きました。進学する予定だった大学院も閉鎖が決まり、途方に暮れていました(大学閉鎖については、「無事卒業と思ったら、大学が閉鎖!? 140年の歴史に幕下ろしたアライアンス大学の『真夏の夜の卒業式』」を参照)。
そして、6月25日の日曜礼拝。この日は、小学校から大学まで、全ての学校の卒業生を祝う礼拝でした。私も卒業生の一人として他の卒業生たちと並んで礼拝堂に入場し、皆に拍手で迎えられ、「卒業おめでとう」とブラウン牧師夫妻からステージでプレゼントを受け取りました。私が席に着いてプレゼントの中身は何かと袋の中をのぞいていると、急にブラウン牧師が私の名を呼びました。
ちょうど教会への献金を会衆に呼びかける時間でした。ブラウン牧師は私にステージに上がるよう呼び、献金のための祈りをささげるように言いました。私が「え?」という顔をしながら、ステージに移動する間、ブラウン牧師は私を会衆に紹介しつつ、「BGAは打木希瑶子さんを新しい牧師として任命することにしました」と発表したのです。
予想外の展開に、私は急に不安になってきました。「こんな大きな教会で、私にそんな大きな務めができるのだろうか。BGAは私に期待し過ぎではないだろうか」。もう不安というより、恐怖といった方がよいかもしれません。そんな私に気付く様子もなく、ブラウン牧師は私に説教台の前に立つように促しました。目の前には千人以上の会衆がいます。また、礼拝は生配信されていますので、カメラの向こう側にはさらに千人を超える人がいます。私の足は緊張で震え始めていました。
私はこんなに大勢の前で、英語で祈ったことはありません。心臓がドキドキし始め、鼓動がマイクを通して聞こえるのではないかと思うほど、緊張がピークに達しました。説教台の前に立ち、マイクを持ったとき、私の頭の中は真っ白になり、もう何を祈ればいいのかも分からなくなっていました。
しかし、そこで不思議なことが起きました。「主なる天の神様・・・」と祈り始めると、少しずつ震えが止まっていき、気持ちが落ち着いてきたのです。それは、まるでジーザスが「大丈夫。私がそばにいるから」と肩に手を当ててくださっているような感覚でした。祈り終え、ステージを降りたときは、もうすっかり落ち着き、私は主の導きに従う覚悟ができていました。
私は何でも決めたらじっとしていられなくなります。早速、翌日からはブラウン牧師から課題として与えられたたくさんの本を読み始めました。課題図書は、教会リーダーとしての心得や、教会をどのように運営し発展させるべきか、といった内容のものでした。夏休みはどこへやら。毎日、読書に時間を費やすようになりました。
そうこうするうちに、新しい大学院が決まりました。バージニア州にあるリバティー大学の大学院です。アメフトチームがあるような大きな大学で、私が望んでいた神学と心理学の両方の学びが同時にできる大学でした。まさに希望の大学院に進むことができたのです。神様は、常にベストのタイミングで道を開いてくださる! 私が牧師になると覚悟を決めた途端、学業の道も開かれました。
そして迎えた10月1日の日曜礼拝。たくさんの教会員に見守られながら、私は礼拝の最後に行われた按手礼式で新しい牧師として任命を受けました。その日は、礼拝の最初からずっと涙が止まりませんでした。神様への感謝の涙です。私のストーリーをご存じの人は、その涙の意味がお分かりでしょう。ニューヨークに来てから私は一度信仰を捨て、自殺しようとさえしていました。私は深い谷底に落ちたことがあるのです。しかし、神様は決して見捨てることなく、ここまで引き上げてくださいました(私の経験については「『オレンジゴスペル』知ってください!(1)自殺願望から私を救ってくれた『オレンジリボン運動』」を参照)。
神様は、たとえ私が信仰を捨てても、クリスチャンを信じられなくなっても、軌道修正して再び教会に引き戻してくれました。それだけでなく、56歳で神学に目覚めさせ、大学を卒業させ、そして今度は牧師への道さえ開いてくださったのです。こんな未来を私はまったく予想していませんでした。ですから、もう感謝の涙が止まらなかったのです。
当日は、ニューヨーク在住のジャーナリストの津山恵子さんやフリービデオグラファーの柏原雅弘さんが取材に来てくださいました。また、永住権取得の裁判で大変お世話になった弁護士の古屋コルテス恵美子先生(何と国際基督教大学名誉教授であった故古屋安雄先生のお嬢さんでした!)、DV被害の相談に乗ってくれ、親身になって助けてくださったソーシャルワーカーの永尾香織さんも按手礼式に立ち会ってくださいました。10年以上ぶりの再会でした。
BGAの日本語教会の名称は「Japanese Gospel Assembly」と決定しました。そして、これはオンライン教会です。「え? オンライン教会?」と、中には眉をひそめる人もいるかもしれませんが、社会の変化に伴い、時代に求められている教会の姿だと思っています。私が今在籍しているリバティー大学にも「オンラインチャーチ」というコースがあります。それだけ今の米国社会では需要がある教会スタイルなのです。
それもそのはず。調査(英語)によると、驚くべきことに米国人の85パーセントが、リモート勤務やハイブリッド勤務のオプションが確実に提供される仕事に応募することを好むと回答しています。私の周りでもコロナパンデミック以降、毎日オフィスに通っている人は激減し、毎週数日はリモート勤務という人が増えました。これは、ライフスタイルがコロナパンデミックによって大きく変化したためです。生活するために必要な仕事ですらリモートを希望する人が大半なのですから、教会もこれに対応していかなくてはならないのです。
私がオンライン教会をやろうとする理由は他にもあります。ニューヨークと日本の間には大きな時差があり、ほぼ昼と夜が反対です。私がニューヨーク時間の日曜日午前9時から礼拝を始めると、日本時間では夜10時(サマータイムが終わると夜11時)になります。最近はライフスタイルの変化により、日曜日の昼間に教会に行くことができない人もたくさんいます。例えば、多くの共働きの家庭では、日曜日は休日にはなりません。たまった1週間分の家事をこなさなくてはならないからです。また、サービス業などで勤務時間が遅い人もいますし、日曜日に働く人もいます。ですから、礼拝は夜間の方が良いという人が多くいるのです。
これは、机上の空論ではありません。その証拠に、私は2017年からオンラインのバイブルクラスをやっていますが、これも日本時間の水曜日夜10時からです。平日の夜遅い時間なので参加者は数人だろうと思っていましたが、実際には100人近い登録メンバーがいて、毎週5〜10人がライブ音声で聞いています。つまり、需要はあるのです。
オンライン教会の礼拝は、現在BGAのバンドメンバーに入って勉強しているプロエレクトーン奏者の高橋亜紀さんに生演奏をお願いすることになっています。ほとんどの教会は、礼拝ではパイプオルガンやピアノ、キーボードを使うのが主流だと思います。エレクトーンはさまざまな音色を奏でることができるので、これも礼拝の楽しみの一つになるでしょう。そして、私が洋楽好きだということもありますが、ニューヨークの教会らしく、賛美は英語で行いたいと思っています。
他にも私が牧師として力を入れたいことは幾つかあります。1つ目は、大学で学んだ心理カウンセリングを教会サービスに取り入れることです。カウンセリングというと何だか大げさに聞こえますが、簡単にいえば、悩みを聞く相談サービスです。大人も子どもも、事の大小はあれど、悩みのない人などいないと思います。特に近年の若者や子どもたちは、家族や友人に話せないことをSNSで知らない人に話す傾向があります。これは、犯罪などに巻き込まれる可能性もあり、危険です。また、時差がありますから、日本の深夜でも対応が可能です。うつや自殺願望など、DV被害者として苦しんだ私自身の経験も、悩み相談には役立つはずです。また、同じ経験をした者同士しか分からないこともあるので、私自身が経験した痛みや苦しみは多くの人と分かち合いたいのです。
2つ目は、音楽プロデューサーとしての経験を教会サービスに取り入れることです。米国でも若者を再び教会に引き付けたのは、音楽やスポーツでした。BGAには、バンドやダンスのチームだけでなく、バスケットボールのチームもあります。ですから、音楽、ダンス、バスケットボールに興味がある人は大歓迎です。特に音楽家志望であれば、私の音楽プロデューサーとしての経験を生かし、賛美を通してレベルアップしていけるような取り組みをしていきたいと思っています。米国では教会から多くの一流の音楽家が誕生しています。将来、私のオンライン教会からも有名な音楽家が誕生するかもしれません。
3つ目は、国際交流に力を入れることです。日本文化に興味を持っている米国人はたくさんいます。特に若者は、日本のアニメに興味を持っている人が多いようです。ですから、音楽やアニメ、アート、料理などを通して、教会内で日米交流を積極的に行いたいと思っています。また、ボランティア活動を米国人と日本人が一緒に行ったり、夏には日米の子どもたちが交流できるキャンプを行ったりすることも考えています。
そして、最後の4つ目。世界中の全ての日本語教会と教派を超えた連携をしたいと思っています。私も経験がありますが、ノンクリスチャンの家庭で育った人にとって、教会の敷居はとても高いものです。ですから、教会は簡単に行ける場所ではありません。オンライン教会に参加していくうちに、近所の教会に行ってみたいという気になる人、あるいは洗礼を受けたいと思う人が出てくると思います。現に、私のバイブルクラスがきっかけとなり、日本の教会で洗礼を受けた人もおられます。そういう人たちのために、やはりオンラインではない教会の必要性も出てくるはずなのです。その際、協力してくれる教会が必要です。
先日のミーティングで、このアイデアをブラウン牧師に話したところ、「教派や教団は人間がつくったものであり、神様には全く関係ない! それができたら素晴らしいことだ!」とビッグスマイルで大賛成してくれました。もし、私のオンライン教会と教派教団を超えてつながりたいと思ってくださる教会があれば、ぜひご連絡を頂きたいです。
また、私は絶対に教会の中だけでじっとしているタイプの牧師にはならないでしょう。オファーがあれば、積極的にいろいろな教会やイベントにゲストスピーカーとして訪問したいと思っています。もちろん、オンラインイベントのお申し出もウェルカムです! 日本のノンクリスチャン家庭で育った私が、ニューヨークで新しい時代に合った日本語教会の姿を模索していこうとしています。多様性の時代、さまざまな形の教会があってよいと思います。日本語教会同士が競い合うのではなく、互いに支え合って一人でも多くの日本人にゴスペルを伝えたい! ぜひ、ニューヨークにお越しの際は、BGAにお立ち寄りください。
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