コロナ禍のため、対面での開催を休止していたマクドナルド・ゴスペルフェストが5月13日、米ニュージャージー州のプルデンシャルセンターに帰ってきました。コロナ禍の影響もあり、観客動員数もコンテスト出場者数も例年通りとはいかなかったものの、やはり大規模アリーナで多くの人と賛美する光景は、皆が待ちに待ったもの。バックステージの様子も例年よりも和やかな雰囲気で包まれていました。
毎年、プロのコンサートの前に行われるコンテストでは、事前に行われたオーディションで合格したクリスチャンダンサーの三栖エリカさんが、日本代表として出場しました。彼女は堺市にある「ダンス・ウィズ・ゴスペル・オール」というダンススタジオの主宰者でもあります。パフォーマンス時間は1分でしたが、さすがはプロ。エリカさんが踊り始めた途端、アリーナ中の観客から歓声が上がり、会場がどっと湧きました。私は審査員の一人として招待されていたのですが、ひいき目なしでエリカさんには高得点を付けました。ダンスのテクニックは見事でした。
コンテストが終わると、プロデューサーのカーティス・ファローさんが、マクドナルド・ゴスペルフェストの歴史を説明しました。
「オリンピックやアメフトなど、大きなイベントにマクドナルドは協賛しており、CMもよく見かけます。でもそれは企業イメージのための協賛です。私は実際にマクドナルドを買ってくれる、もっと身近なコミュニティーのために協賛してほしいと思いました。それが40年前です。私はフランチャイズオーナーたちに呼びかけました。すると、トライステート(ニューヨーク、ニュージャージー、コネチカットの3州)のフランチャイズオーナーが手を上げてくれたのです。フェストで得た収益は、地域の若者の大学入学のための奨学金などに使われてきました。数回のイベントに協賛することは比較的簡単なことです。しかし、40年間イベントを支えることは決して容易なことではありません」
そう言って、カーティスさんはオーナーたちをステージに呼びました。彼らの多くは女性でした。これは米国では驚くことではありません。しかしながら、やはり日本と比較してしまいます。ビジネス、政治、学術の世界でも日本では女性リーダーの姿が他の先進国と比べてかなり少ないのは事実です。有権者や消費者の半分は女性だというにもかかわらず、女性が日本社会で生かされていないことは非常に残念です。
祈りやメッセージがステージ上で続いた後は、待ちに待った有名ゴスペルアーティストたちのコンサートです。ゲストとして最初に登場したのは、バイロン・ケイジさんでした。バイロンさんは、米国では「賛美王子」と呼ばれ、ステラー賞やグラミー賞などの音楽賞シーンでは名の知れたアーティストです。私のニューヨークの教会でもよく礼拝で彼の楽曲を賛美します。
バイロンさんはステージで、「このパンデミックは、皆さんにとって、とても困難な時期だったことでしょう。私にとってもそうでした。音楽の仕事は全てキャンセルとなり、日曜礼拝もオンライン。孤独を感じました。そんな中で兄弟と父を亡くしました。本当につらい時間でした」と告白しました。
しかし、「大変な時期だったからこそ、今ここにいる私たちは、こうして集えるありがたさをかみしめることができているはずです。再びアリーナで、皆さんと賛美できることは、この上ない喜びです!」と続けると、大きな歓声が湧きました。
以前、私はロックダウンした時のニューヨークの様子について書きました(関連記事:コロナパンデミックで世界が変わる 米ニューヨークで感染経験の打木希瑶子さん)。あの頃は、周りから訃報が連日のように入り、私自身も本当に孤独でした。もう大きな会場で賛美できる日は二度と来ないとも思いました。エンターテイメントの仕事に携わっている人にとっては地獄のような日々でした。ですから、観客にとってだけでなく、アーティストにとっても今回のフェストは特別なものになったはずです。
ステファニー・ミルズさんは、今年40周年を迎えたマクドナルド・ゴスペルフェストの特別ゲストでした。正直、私はあまり存じ上げなかったのですが、彼女の名前がコールされると観客は立ち上がり、大きな拍手とともに「ステファニー!」という歓声が上がりました。
ステファニーさんは、ニューヨーカーにとって特別なスターのようでした。1957年、ニューヨーク・ブルックリン生まれ。教会のクワイヤーで歌っていたステファニーさんにつけられた当時のニックネームは「大きな声を持つ小さな少女」だったそうです。わずか9歳の時にブロードウェイでのキャリアをスタートさせ、15歳でブロードウェイミュージカル「The Wiz」の主役ドロシー役を射止めました。また、歌手としては、ABCレコードやモータウン、20世紀FOXレコードなど、当時の米国トップクラスのレコードレーベルとも契約。代表曲「Home」を含め、ゴールドアルバム(売上50万枚以上)を5枚も記録しています。まさにニューヨークが生んだ大スターです。
ステファニーさんは、この日のステージで「今日は皆さんに私の息子を紹介させてほしい」と言いました。
「多くの人が、私は才能と仕事に恵まれ、何もかもうまくいった成功者だと思っていることでしょう。でも、そんなことはありません。私はシングルマザーであり、息子はダウン症です。しかも、彼が幼いころ、脊髄の難しい手術を受けなければ死ぬと言われていました。私はその手術をしてくれる医者を仕事の合間に必死に探しました。周囲の人は、私がシングルマザーで、その子どもが特別なケアを必要としていて、その上、エンターテイナーとしてのキャリアを続けるなどということは不可能だと言いました。しかし、神様は私や息子を見捨てることはありませんでした。次々と私たちに力を貸してくださり、22歳になった息子が今日ここに来ています」
そう言うと、息子さんをステージに呼びました。会場は大きな拍手に包まれ、立ち上がっていつまでも拍手を送り続ける人たちもいました。
「66歳の私が息子とこうしてステージに立てるのは、主が私たちを守り続けてくださったおかげです。パンデミックで私たちの生活は大きく変わりました。しかし、それでも私が主への信頼を失わなかったのは、息子と私に起こしてくださった奇跡への感謝を今も忘れていないからです」
ステファニーさんのお話は、同じシングルマザーとして私も共感する点が多く、親しみを感じました。私たちはソーシャルメディアなどでたくさんの幸せそうな人たちの画像や映像を見ます。しかし、その笑顔の裏には隠された苦労や痛みがあることを忘れてしまいがちです。子役時代からスターとなったステファニーさんが、45歳でダウン症だと分かっていた子どもを出産し育てる決意をしたというストーリーは、多くの女性を勇気付けたと思います。
次に登場したゲストは、4人姉妹のグループであるクラークシスターズ。クラークシスターズは、ゴスペルミュージックの歴史の中で最も成功した女性グループです。その証拠に「20世紀で最も重要なゴスペルグループの一つ」として、彼らのライフストーリーは映画になり、2020年に米国のテレビ局であるライフタイムで放映されました。また、2022年にはブラック音楽エンターテインメントにおいて殿堂入りしています。
このグループのすごいところは、リードシンガーが一人もいないことです。私は、この寄稿を書くために、彼女たちの映画「The Clark Sisters: First Ladies of Gospel」も見てみました。そして、彼女たちが子どもの頃から厳しい音楽トレーニングを母親(音楽ディレクターとして知られるマッティー・モス・クラーク)から受けていたことを知りました。本当に全員がトップレベルのボーカリストであり、それぞれの長所がサウンドに生かされています。
キーボードを演奏しながら歌う三女のツインキーは、ベースからソプラノまでの音域をカバー。四女のドリンダは、ジャズ系が得意でスキャット、リフ、ランの名手です。五女カレンは、マライア・キャリーなどに影響を与えた高いソプラノが特徴。長女ジャッキーは、多様な音域と独特のフレーズでグループのバランスを取っています(次女のデニスは現在メンバーを外れています)。この4人のパフォーマンスの安定感は圧巻でした。
最後は、「ミスター・マクドナルド・ゴスペルフェスト」と呼ばれ、毎年出演しているヘゼカイヤ・ウォーカーとザ・ラブ・フェローシップ・クルセード・クワイヤー。「Souled Out」を歌い始めると、会場内はヒートアップしました。コロナ禍でマスクワイヤーのサウンドから遠ざかっていた観客は大興奮。立ち上がり一緒に歌い始め、5千人以上の大合唱となりました。これはみんなが待ち望んでいた光景。以前は当たり前だったことが、コロナ禍で長い間できなくなっていた私たちは、喜びをかみしめながら賛美しました。
5月には、世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスのパンデミック宣言を終了し、最近は米国でも大きなゴスペルイベントやクリスチャン集会が復活してきました。しかし残念ながら、それを全ての人が喜んでいるわけではありません。米国内で行われるゴスペルイベントが、商業的過ぎると非難する保守的なクリスチャンもいます。
しかしでは、ゴスペル音楽が教会やクリスチャン集会だけのものでなくてならないのであれば、プロのゴスペル音楽家はどのようにして生活すればよいのでしょうか。また、ゴスペル音楽はノンクリスチャンに福音を伝える重要なツールとはなり得ないのでしょうか。私はプロのゴスペル音楽家たちが、カルトや異端と関わらなければ生活できなくなるような状況を避けるためにも、こうしたイベントの継続は必要なことだと思っています。パウロは、コリントの信徒への手紙一9章4節に、使徒の権利について書き残しています。「わたしたちには、食べたり、飲んだりする権利が全くないのですか」と。
ゴスペルの本場米国でも、コロナ禍は無収入だったゴスペル音楽家が多かったはずです。今年も、マクドナルド・ゴスペルフェストにはFOXテレビのクルーが収録に来ていたので、ダイジェスト版が後日放映されることでしょう。コロナ禍で教会から離れてしまっていた人たちが、テレビ放映を見てまた教会に足を運びたくなったり、コロナ禍で孤立してしまった人たちに生きる活力を与えたり、あるいはゴスペル(福音)をまだ知らない人たちに伝えることができたり――。私はゴスペル音楽には計り知れない影響力があると思っています。彼らのプロの音楽家としての賜物を、私たちクリスチャンは大切にし、大いにゴスペル(福音)のために活用すべきではないでしょうか。
◇