今年も米東部最大のゴスペルイベント「マクドナルド・ゴスペルフェスト」が、ニューヨーク近郊のニューアークで11、12日の2日間にわたり開催された。ゴスペル界の大物セレブが一同に集まるこのフェストは、米エミー賞受賞プロデューサーのカーティス・ファローさんの呼び掛けにより、36年前にスタートした。スポンサーはニューヨーク近郊にある約600店舗のマクドナルドのオーナーたち。収益は毎年、若者の大学進学をサポートする奨学金などに充てられている。
コンサートに出演するゲストたちは、このフェストの目玉。グラミー賞やステラ賞(ゴスペル音楽で最も権威ある米国の音楽賞)の受賞歴のある一流アーティストたちが一堂に会するコンサートを見ようと、毎年ゴスペル音楽ファンが各地から集まる。今年は、シシー・ヒューストン、ヘゼカイヤ・ウォーカー、リアンドリア・ジョンソン、バショーン・ミッチェル、メルバ・ムーア、ジェカリン・カー、ジョン・P・キー、ドナルド・マロイらが出演。1人当たり10〜30分のショーケースを行った。途中に休憩もなく、一流のゴスペル音楽シャワーを浴び続ける圧巻の2時間半だった。
シシー・ヒューストンは84歳であるが、声量は若いボーカリストにまったく劣らない。72歳のメルバ・ムーアもブロードウェイ経験者の実力を惜しむことなく披露。自慢のロングトーンをやってのけ、観客を驚嘆させた。また、ヘゼカイヤ・ウォーカーやジョン・P・キーらの一流どころは、もちろん相変わらず素晴らしいが、私はやはり若手・中堅アーティストたちについて今回は書きたい。
バショーン・ミッチェルは、数々のヒット曲を書いたソングライターとしてゴスペル界では有名だが、彼自身も素晴らしいボーカリストである。モータウン・ゴスペル所属のアーティストであり、実力は保証付き。ファンは若い人が多いかと思いきや、実は私のようなおばちゃんファンも多い。かわいらしい顔立ちと真摯(しんし)なメッセージに大人の女性たちは心を動かされてしまうのだ!(笑)
近年のゴスペル音楽界でのお騒がせアーティスト、リアンドリア・ジョンソンは、今年のグラミー賞授賞式で見せたのとはまったく違うイメージの衣装で登場した。米テレビ番組「サンデーベスト」で優勝し、デビュー後すぐにグラミー賞受賞という経歴を持つその実力は本物。丁寧で流れるようなフェイクと力強い歌声に、耳の肥えたフェスト常連の観客たちも立ち上がった。天が与えた才能は、間違いなく本物である。私のウェブサイト「Gospel Now」にも書いたが、これまでのネガティブなニュースを払拭できるよう、これからの彼女の音楽活動を祈りたい。
そして、すごいアーティストが出てきたと思ったのが、ジェカリン・カーである。若干21歳。2013年のデビューアルバムが、ビルボードのゴスペルチャートで3位、16歳でステラ賞を受賞している。ゴスペルアーティストは、ただ単純に歌が上手ければ評価されるというわけではない。クリスチャンのリーダーとしての資質が最も大切である。10代の子たちにはともかく、フェストに集まった大人の観客たちに、どう評価されるのかと彼女のステージが始まるまで興味津々だった。
ステージに立ったカーは完全に大人の女性だった。魂のレベルが高い人間というのは、こういう人を言うのであろう。堂々と言葉を語り、堂々と歌った彼女の姿は完全に一流のゴスペルアーティストだった。米国では教会に通う人が減り、ゴスペル音楽を聴く若者が減っている。そんな中で彼女の役割は大きい。間違いなく米国のゴスペル音楽界の希望の星である。日本は少子化・人口減少に向かっている。ぜひ、私の日本での活動「オレンジゴスペル」にも参加して、日本の若者にメッセージを伝えてほしいと思った。
このフェストは有名人のコンサートだけを開催するわけではない。一般人もステージに立てるようにと、コンサート前にはアマチュアのゴスペルコンテストが行われる。歌だけでなくダンスやコメディー、ラップなど、さまざまなカテゴリーがある。特に人気があるのがソロボーカル部門。アマチュアといっても、小さい頃から教会の聖歌隊などで鍛えられた人たちだ。歌の実力はプロ並み。私は昨年からアジア人初の審査員として就任しているが、優劣つけ難い非常に困難なコンテストである。1万5千人ほどが参加したオーディションから、今年は日本人が4人出場。米国人に引けを取らない堂々としたパフォーマンスに観客は驚いていた。
その中の1人、今回初出場を果たした増田幸代さん(26)は留学でニューヨークに滞在している。普段は学校に通いながら、ニューヨーク市内のジャズクラブで歌っている実力派である。コンテストで歌ったのは「Blessed Assurance」(讃美歌529番「ああうれし我が身も」)。大学時代からゴスペル音楽に取り組んでいたが、彼女自身はノンクリスチャン。ゴスペル音楽は好きだけど、クリスチャンになろうという決心はつかなかった。しかし、コンテスト終了後の彼女には変化が訪れていた。
「歌い終わってから、不思議と今までにない自分を感じることができました。この曲に取り組んでいるうちに、自分に自信が持てるようになっていったのです。挑戦して、失敗したっていい。神様はそんな私を大きな愛でいつも包んでくれるんだというメッセージが、初めて自分の中に入り込んできたんです」
かねてから、私はノンクリスチャンがゴスペルを歌うことに意味はあると思っている。このフェストで2011年から特別ゲストとして出演させていただいている「Don’t Give Up クワイヤー」も、そう考える理由の1つである。もともとは東日本大震災の後に、ニューヨークで何かできないかと思って立ち上げたクワイヤーだったが、気が付けばニューヨーク各地の大きなステージに呼ばれるようになった。私は、このクワイヤーのステージプロデュースで「日本人にしかできない表現」にこだわっている。今年は「My Life Is In Your Hand」を歌ったが、指揮の兼松弘子さんに協力と指導をお願いして、日本語と英語で楽曲を披露してもらった。日本語で賛美を披露するのは、この8年間のステージで初めて。米国のクリスチャンであれば誰もが知っているであろう楽曲を日本語で歌うと、米国人は驚く。案の定、高く評価された。しかし、私が日本人らしいステージにこだわるのは、観客のためだけではない。クワイヤーメンバーのためでもある。
海外の楽曲を歌うとき、どうしても日本人は録音のコピーを目指す。しかし、それでは日本人としてのオリジナリティーがない。神様は私たちを日本人として創ってくださったのだ。米国人の真似ではなく、米国人がまねできないものを披露することにこだわっている。日本人としての誇りを持って、米国のステージに立ってほしいのである。
これまで和楽器や和舞を、米国のゴスペル曲と合わせてきた。それにより、演じている側に聖霊が働いている瞬間を私は何度も見ている。「何が起ころうとも、その手の中で。主イエスと共に私は生きる」と今年も日本語で歌っていたとき、クワイヤーメンバーが涙を流しているのを見た。昨年も和楽器奏者が賛美歌を演奏しながら涙を流していた。彼の演奏はその時、まったく違う音色を奏でていた。あの演奏は彼を通して神が私たちに聴かせたものだったのだろう。まるで別人のような優しく、愛にあふれた演奏であった。
今年は急きょ、ニューヨーク留学中のダンサーにもステージに立ってもらった。フェスト2日目と、翌日の日曜礼拝で踊ってくれた志堂寺智穂さん(24)は、パフォーマンス後にこう語っている。
「ニューヨークに来て5日後に滞在先のアパートが火事になってしまいました。何もかも失い帰国を考えたのですが、焼け跡から見つかったダンスシューズを見て、まだ帰ってはいけないと思いました。実は渡米前、私の家族はとても大変な時期にありました。しかし、私はそんな家族から逃げるようにニューヨークに来てしまいました。あの火事は、神様が私に罰を与えたと思っていました。でも、神様の愛は私の想像以上に大きなものでした。神様は私にこんなに素晴らしい機会を与えてくださった。今回のステージは神様が用意してくださったのだと思います。その大きな愛を感じたときに私は涙が止まらなくなりました」
ジーザスと出会えるのは教会の礼拝だけではない。さまざまな方法で、さまざまな場所で、主は人間への愛を示すのである。米国でも教会離れは進んでいる。しかし、こういったゴスペルコンサートやイベントは、それを食い止め、教会へ新たな人たちを導く大きな役割を持っているはずだと私は思う。
◇