「神学」と聞くと、とっつきにくいイメージをお持ちではないだろうか。それでもまだ「実践神学」とか「聖書学」というと、何をするかがある程度イメージできるため、少し柔らかくなる気がするものだ。だが「組織神学」となるとどうだろうか。
私は子どもの頃に「組織神学は難しい」と聞かされてきた。なぜそんな言葉を覚えていたのか、今になってもよく分からないが、「信じるだけで救われる」とか、「あなたが神の愛を受け取るだけでいい」と教会の説教で聞かされていた一方、いざ神学校に入るなら、それはそれは難しいキリスト教の勉強をしなければならないのだろうと思っていた。そして、その最高峰が「組織神学」なのだろうと考えていたのである。
実際に神学生となり、「組織神学」なるものに向き合ったとき、確かに歯ごたえがあり、難しいものだと思わされた記憶がある。ヘンリー・シーセンの『組織神学』というテキストなど、聖書よりも分厚く、電話帳を優に超える重さがあった。
そんなトラウマ(?)がある私にとって、本書『いまさら聞けないキリスト教のおバカ質問』は、今までの悩みを一気に解消してくれ、しかもキリスト教ビギナーの人たちにも心からお勧めしたい一冊である。「バカな質問」ではなく「おバカな質問」という本書のタイトルは、考え抜かれたものだと思う。「バカ」では、質問する側をおとしめてしまう。それは能力主義的な、相手を見下す物言いである。しかし本書は「おバカ」である。かつて島田紳助が、バラエティー番組「クイズ!ヘキサゴン」の中で「おバカ」という言葉を庶民的で愛すべきものにつくり変えて以来、このフレーズは初心者が真摯(しんし)に自分の問いを発することができるようにする、一種の「装置」のようなものとして大いに役立っている。
本書は、『ふしぎなキリスト教』(2012年)で一世を風靡(ふうび)した橋爪大三郎氏の最新刊である。日本人が素朴に抱く疑問を、奇をてらわずそのまま開示し、それに神学用語をあまり使わずに、そしてリベラルから保守派までのさまざまな教派を網羅する形でひもといた「超ビギナー向け」の組織神学の書である。本書は全33の質問で構成されているが、その幾つかを列挙しよう。
- 神さまは、いますか
- 神さまは毎日、何をしていますか
- なぜイエス・キリストが十字架で死ぬと、人類が救われますか
- 盗んだお金を、献金するのはいけないことですか
- なぜあるひとは、天才ですか
これらの問いだけでも、十分面白そうだということがお分かりいただけるだろう。そして、この問いに対する答えがまたふるっている。例えば、「神さまは、男ですか、女ですか」という問いに対し、橋爪氏はまず、「キリスト教では、神さまは男です」とストレートに返している。しかしその直後に、「でも、別な考え方もできます」として、次のように述べる。
男と女がいる。それは、人間が死ぬからです。神は、死にません。永遠に生き続けます。だから、死に絶えないように子孫を残す必要がありません。それなら、神は、男も女もなく、中性ではないか。――これも有力な考え方ではないかと思うのです。(23~24ページ)
さらにこの話の後に、「いや、むしろ、神は女性かもしれません」として、アタナシウス信条を紹介し、どうして神が「母(女性)」と考えられるかの根拠を示している。これは見事に「神論」をひもといていることになる。しかも、歴史的な変遷もきちんと押さえている。男性優位社会に対する疑義が差し挟まれ、やがてフェミニズム神学の隆盛とともに、神の性(ジェンダー)が問われるようになっていったのだから。
もう一つ例を挙げよう。質問の一つに、「神さまが造ったのに、人間はなぜ不完全なのですか 罪を犯さず、地上で平和に暮らせるように造ればよかったではないですか それをとがめて、人間を裁くのは、話が違いませんか」というものがある。これに対する回答は、昔から定番がある。それは「自由意思」というもの。人間を、神の考えに完全に従うロボットではなく、自由意思を持った心ある存在として造られたからだというのだ。そして自由意思は、神が人間にだけ与えた恵みであり、特権だとする。これに橋爪氏はさらに付け加えて、次のように語る。
人間は、神を知ることができます。神の意思を理解し、自分の意思を理解します。神の意思と人間の意思は別々のものなので、神に背くことができます。そしてそれは、神に従うことができ、神を信じることができ、神を理解することができる、ということです。これは、動物よりもずっと深い交流のかたちです。神と、神が造った世界との、ずっと進んだ結びつきです。(67ページ)
ここでは、単に人間が精巧に造られたというだけにとどまらず、その人間と神の「交流」こそが、他の動物とは異なり、高次のものであると語っている。このような広がりを持った語り掛けは、従来の組織神学の教科書では掘り下げられていない新しい視点である。
本書は、問いに対する回答が多様性に満ちていることも特色の一つである。リベラル的な観点から保守的な観点までを端的に解説しているものから、従来から定番の「答え」をさらに深く掘り下げていく視点を提示するものまでさまざまだ。
一つ一つの項目について、教会の聖書研究会などで議論するのもいいだろう。また、個人的な学びの中でこれを用いて、聖書の世界観、さらにキリスト教の立て付けを学んでいくのもいい。確かに「バカな質問」ではなく「おバカな質問」であるが故に、とっつきやすく、またどんな人にも新たな刺激を与えてくれる。ぜひ手に取っていただきたい書である。
■ 橋爪大三郎著『いまさら聞けないキリスト教のおバカ質問』(文藝春秋 / 文春新書、2022年4月)
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