トマスは、イエスが来られたときに、彼らといっしょにいなかった。それで、・・・「私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません」と言った。八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。・・・イエスが来て、・・・トマスに言われた。「・・・信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」トマスは答えてイエスに言った。「私の主。私の神。」イエスは彼に言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」(ヨハネ20:24~29)
ロシアのウクライナ侵攻による今回の戦争は情報戦ともいわれますが、どんな情報が流されようと、人の命を奪うことはやめなければなりません。世の中には、情報や知識があふれていますが、それを他人事のままで終わらせてはなりません。イエスは死の力を打ち破り3日目によみがえり、死を超える神のもとでの永遠の命があることを証明してくださったのです。このよみがえりのイエスをわが事として受け止めましょう!
復活されたイエスが、迫害を恐れて閉じこもっていた弟子たちのただ中に突然現れ、永遠の命があることを示されましたが、トマスはそこにいなかったので、イエスと出会ったという話を信じませんでした。しかし、信じなかった彼にも、イエスは現れてくださいました。イースターのメッセージを自分の事として受け止めるために、4つのポイントを押さえておきます。
1. 主はよみがえられた!と伝えられた事実
ペテロたちが「主はよみがえられた」と語った事実があったのです。弟子たちが主の復活を体験し、伝えたのです。それを信じられない方々も、すでにイースターの恩恵を受けています。イエスが日曜日の朝早くよみがえられたことで、日曜日の朝をクリスチャンたちが礼拝する時としたため、今世界中で日曜日がお休みになっているのです。イースターはとてつもない事実によって起こり、伝えられたのです。ぜひ、イエスの復活をわが事として受け止めてください。
2. 理屈や常識を根拠とした不信
私たちはトマス同様に、人間の理屈や経験の枠を基準に信じないことを選びがちです。天地宇宙を創造された主は、自然界の法則も創られました。しかし、全知全能の神からは、その法則を超える力さえほとばしり出るのです。永遠の命でよみがえったイエスを人間の常識の枠内だけで受け止めることはできません。全知全能の神については、「信じる」という選択肢が求められているのです。
3. 復活の姿を現してくださる主イエス
主がトマスに出会ってくださったことに感謝しましょう。不信仰なトマスを見捨てることなく、イエスは弟子たちに現れた8日後に、トマスの前にも現れてくださったのです。トマスは、他でもない私たちのことであるということに気付いていただきたいのです。主は愛をもって、その人に最もふさわしい方法で出会ってくださるから感謝します。
4. 私の主!私の神!という信仰
トマスは「私の主、私の神」と答えましたが、イエスは「見たから信じるより、見ないで神の御言葉や人々の証言を聞いて信じる方が良い」と言われました。この世には、自分中心、お金もうけがすべて、死んだら終わりで今を楽しもうという情報があふれていますが、それは事実ではありません。聖書は、人は一度死ぬことと、その後、神の前に立つことが決まっていると書かれています。人生の情報戦の選択を間違わず、変わらない神の言葉に耳を傾けて、十字架と復活のイエスと共に生きましょう。
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