緊急災害支援や復興に向けたコミュニティー支援に取り組む仙台市のキリスト教系NGO「オペレーション・ブレッシング・ジャパン」(OBJ)が26日、活動報告会をオンラインで開いた。2011年の東日本大震災をきっかけに活動を開始し、現在も福島県南相馬市で放課後学童保育やコミュニティーカフェといった地域に根ざした活動を行っている。自身も被災し、現在はOBJの南相馬復興支援事業コーディネーターを務める平井知典さんは、「震災で一度は悲しみのどん底を経験した南相馬だからこそ、誰かの痛みが分かる、どこよりも優しい町にしていきたい。皆さんと一緒にそんな新しい南相馬を築いていけたら」と話した。
南相馬市は、東日本大震災で地震、津波、原発事故、そして風評被害の四重苦を負った地域だ。長期化する避難生活に加え、原発事故をめぐる区域ごとの賠償格差が住民の分断を招いた。
住民の分断は、復興の先行きに影を落としている。地域の課題として平井さんがまず挙げたのは、核家族化による育児の負担増加だ。OBJは、2014年から保養キャンプやアート活動などを通じた子どもの居場所づくりを行いながら、保護者との関わりを継続して持ってきた。その中で、祖父母などに育児を頼める家庭が減少し、育児に一人で励む母親が多いという実態が見えてきたという。平井さんは、「子育てに悩みや不安があったとしても、それを共有できる相手がいないため、不登校やネグレクトといった子どもの育ちを阻む課題が浮き彫りになってきました」と指摘した。
2つ目の課題は、地域の支え合い機能の低下。もともと南相馬市は、農業や漁業などの一次産業が盛んな地域で、3世代同居の家庭も珍しくなかった。地域ぐるみで育んできた風土や習慣が住民同士の緩やかなつながりを形成し、互いに声を掛け合うコミュニティーが築かれていた。ところが、震災によって住民同士のネットワークが切れてしまい、家庭内の問題や困りごとが、誰にも知られないまま深刻化してしまうケースが増えたという。実際に、若者と高齢者の自殺死亡率は、現在も全国平均を大きく上回っている。自死のリスクを抱える人をいかに地域で見守っていくかも重要な課題となっている。
これらの課題を解決するためにOBJは、地域全体を巻き込んだ新しいコミュニティーづくりに取り組んでいる。南相馬市にあるショッピングセンター内に2017年、復興コミュニティースペース「ブレッシングルーム」を開設。放課後学童保育「ブレッシングクラブ」とコミュニティーカフェ「そよカフェ」、新しい出会いが生まれる居場所づくりを3つの柱として、住民が自然につながり合い、子どもから高齢者まで幅広い世代が生きがいを見つけられるコミュニティーの創出を目指している。
小学1年生の児童1人の預かりから始まったブレッシングクラブは口コミで評判が広まり、現在では市内4校から50人以上の児童が登録している。さまざまな理由で他の学童クラブから預かりを断られた児童の受け皿にもなっている。そこに地域のボランティアが関わることで、地域一体となった子育て支援が行われている。
そよカフェは、子育て世代や祖父母世代などの幅広い年代が集まり、交流を深める機会をつくることや、学校や家庭に居場所のない若者に安心して過ごせる居場所を提供することを目的としている。先月からは「ペイフォワード」という食券前売りサービスを開始。購入者は、知らない誰かの笑顔を願ってメッセージを書き残す。食券を使った人は、購入者に感謝の気持ちを込めてメッセージを書き残すという、地域の支え合いを生み出す取り組みだ。実際に、家庭の問題を抱えた若者が、ペイフォワードをきっかけにスタッフや地域の人々とつながったケースもあるという。
平井さんは、「誰かと話をしたくてカフェに来る子は何人もいます。不登校や引きこもりの問題を家庭だけで解決することはとても困難です。ですから、このカフェで安心できる居場所と、人と人との新しいつながりを提供しながら、問題を抱える家庭や子どもたちが地域に埋もれてしまうことがない取り組みを続けていきたい」と話した。
震災から10年が経過し、地域コミュニティーの弱体化は進む一方だ。生産年齢人口の減少と老年人口の増加の割合は、どちらも全国平均を超えている。医療機関の病床数は震災前から5割も減少しており、医療介護不足による福祉サービスの弱体化も顕著に見られる。高齢者が生きがいを持って生活できる環境づくりと交流の活性化が喫緊の課題だ。
今後の具体的な取り組みとしては、子どもたちが心から安心して過ごせる居場所づくりや保護者のケアを目的に、宣教師夫妻によるキッズミニストリーを計画している。また、地域の福祉事業所と連携した高齢者の生きがいづくりや、引きこもりや不登校などで悩む当事者たちが交流できる場をつくるといった若者の自立支援にも取り組む予定だ。平井さんは、「制度や分野の垣根を越えて、地域住民がブレッシングルームで多様な活動に参画し、生きがいを感じながら地域を共につくっていく町を目指します」と語った。
平井さんが生まれ育った南相馬市の実家は、震災による津波で流されてしまった。以前は家の周り一面に広大な田んぼが広がり、収穫の季節になると、近所の人たちと一緒に稲刈りなどをし、一仕事終えた後はよく縁側でお茶を飲んでいたという。
平井さんは、「私はその時間が大好きでした。こうした地域の人たちとの何気ない触れ合いが地元への愛着を育み、ひいてはそれぞれの毎日の生きがいにつながっていくと信じています。ブレッシングルームを通して、住民同士が自然と助け合い、ほっとすること、わくわくすることを分かち合えるつながりの輪を、今年もますます広げていきます」と話した。
報告会では、OBJが取り組む緊急災害支援の働きについても報告があった。OBJは各地の教会と協力しながら、これまでに33都道府県で被災者の心に寄り添う支援活動を展開してきた。昨年12月には全国にいる協力者と連携し、コロナ禍で孤立するひとり暮らしの高齢者やひとり親世帯などにクリスマスギフトを手渡しで届ける「クリスマス・ギビング・キャンペーン」を実施。8都道府県から10拠点が立ち上がり、年代や状況に合わせてお米や絵本などを届けた。(関連記事:被災地の独居高齢者らにクリスマスギフト「胸がいっぱい」 キリスト教系NGOが配布)
災害支援の現場を指揮するスタッフの弓削恵則(ゆげ・しげのり)さんは、日本社会が3年後に迎えようとしている、国民の4人に1人が後期高齢者という超高齢化社会は「被災した地域ではもうすでに起きている現実」だと指摘。今後は、災害支援、復興コミュニティー支援、こころの支援、つながり支援を4つの大きな柱とし、地域の回復力を引き出す支援を実施していこうと計画していると語った。
また、これまでの災害支援や復興コミュニティー支援の経験から、高齢者も共助の担い手になる可能性を見いだしているとし、そのための仕組みづくりを進めていると語った。具体的には、社会的な制度やサービスを活用して地域の困りごとを解決する市民ソーシャルワーカーを育成し、住民による地域総合相談拠点を立ち上げながら、地域福祉や災害支援といった生きがいの再発見を提供していくという試みだ。
弓削さんは、「誰一人孤立させない、優しさと憐(あわ)れみに満ちた社会をぜひ皆さんと共に実現していきたい」と語った。