2021年は全米に、いや全世界に衝撃を走らせる事件と共に幕開けした。1月6日、米連邦議会議事堂にドナルド・トランプ大統領の支持者たちが大挙して押し入ったのである。ちょうど議会では、大統領選の選挙人団の結果に共和党議員が異議を唱えている最中だったという。暴徒化した支持者たちは、マイク・ペンス副大統領をはじめ、民主党議員たちの拉致を試みようとしたとも報じられている。そのため、20日に行われた就任式では、参加した民主党議員たちはスーツの下に防弾チョッキを着用している、と現地キャスターが語っていた。これは、今回の就任式が前代未聞の異常な状況下で行われたことを示している。
しかしともあれ、あの襲撃事件から2週間後の20日正午(日本時間21日午前2時)前、首都ワシントンで開かれた就任式で、民主党のジョー・バイデン新大統領(78)が誕生した。加えて、ジャマイカ出身の父とインド出身の母を持つカマラ・ハリス氏(56)が、女性として、また黒人、アジア系として初めて副大統領に就任した。2人の任期は2025年までの4年間となる。
就任式では、ハリウッドスターにして歌手のジェニファー・ロペスが、米国第二の国歌ともいわれている「This Land Is Your Land」を歌い、あのレディ・ガガが国家を独唱した。彼女たちの喜びの表情から、この日をいかに待ちわびていたか、言い換えるなら、いかにトランプ政権を嫌悪していたか、うかがい知ることができる。
バイデン氏は、バイデン家で代々受け継がれ、2009年の副大統領就任時にも使用した、かなりの大判の聖書に手を置き宣誓した。この時、ファーストレディーとなったジル・バイデン夫人(69)が感極まって涙を流していたのが感動的であった。やはり宣誓で聖書を用いる当たり、米国は自他共に認める「キリスト教国」としての伝統を今回も遵守する姿を見せたことになる。無神論者がプロテスタントの信者数を凌駕しようとしている昨今ではあるが、まだ「アメリカ合衆国(USA)」としての「古き良き体質」は廃れていないようだ。
その後の演説でバイデン氏は、「米国の結束」「民主主義の力」をテーマに演説した。それは、前政権の指針を逆のベクトルへと転換させるという宣言でもあった。具体的には、新型コロナウイルスの危機と深刻な社会分断の克服を呼び掛け、環境問題にも触れ、国際協調を強調したことである。
冒頭から「今日は米国の日、民主主義の日である」と述べ、先の襲撃事件にも触れた。「民主主義は貴重なものであると同時に、脆(もろ)いものでもある」と述べ、人々の期待や失望、不安や怒りを体感している、とする認識を表明するのに多くの時間を用いていたことが印象的であった。
演説の中ごろに、米国史上初の女性副大統領となったハリス氏についても触れ、「108年前、(ウッドロウ・ウィルソン氏の)大統領就任式前日に女性の参政権を求める運動が行われたが、それが今日、現実のものとなった」と言い、随所に「気配り」を見せた。
そして演説の終盤、「私に投票した人のためにも、また投票しなかった人のためにも、私は大統領として尽くします」と語り掛け、米国の一致、結束を再度強調した。その際、彼が用いた聖句は、以下の詩篇30篇5節であった。
まことに御怒りは束(つか)の間、いのちは恩寵(おんちょう)のうちにある。夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。(詩篇30:5、新改訳2017)
福音派のクリスチャンのみならず、米国民の約4分の3近くの人々が愛用している聖書からの引用が、米国一致の機運を高める「最善の方法」であることは、依然変わらないのだろう。バイデン氏は言及していないが、この聖句は次のように続く。
私は平安のうちに言った。「私は決して揺るがされない」と。(詩篇30:6、同)
米国の「米国たる所以(ゆえん)」が揺るがされている現在、確かにこの聖句は人々の心を打つことだろう。
待ったなしで立ち向かわなければならない「見えない敵」(新型コロナウイルス)との戦い、さらに米国分断の一要因となっている「二項対立的思考パターン」に端を発するさまざまなヘイトクライム、そして雇用や健康保険に対する人々の不安――。確かにバイデン氏の前途は決して平たんな道ではないだろう。詩編30篇6節の言葉を国民に対して語らなかったのは、少し斜めから見るならば、これは自らに対して語るべき、と判断したのかもしれない。
いずれにせよ、今回の就任式には、前大統領のトランプ氏の姿はなく、さらにトランプの「ト」の字も発せられることはなかった。それは「前政権下のことはすでに過去のこと」と見なすかのような強引な幕引きでもある。トランプ氏の評価については、これから分析され、数十年後に歴史がその評価を下すことだろう。私たちはまず「新たな米国」の動向に注目したい。特に40万人もの命を奪った「見えない敵」との戦いは、決して他人事ではないが故に協調路線を取るべきだろう。まずは共に神に祈る者でありたい。
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