コロナ禍で大きな変動を強いられている今年の米大統領選。通常であれば、大きく注目されることのない郵便投票だが、増えれば共和党に不利に働くとの観測から、共和・民主両党の間で扱いをめぐって攻防が続いている。郵便投票が急増すれば、遅配が発生したり、集計にも時間がかかったりするため、メディアでは、結果が出るまでに数日から数週間かかるかもしれないと騒がれている。
そしてここに来て、ドナルド・トランプ大統領の功績披露が露骨になってきている。例えば、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)の国交正常化についても、「偉業」と評価できる半面、「俺が仲介者だ!」とまるで米国とUAEが何か新しい合意に達したかのような勢いだ。これをバラク・オバマ前大統領がなし得たのだったら、おそらく世間の評価は変わっていただろう。しかしオバマ氏はイスラエル軽視とも取れる姿勢で臨んだため、確かにこういった「電撃的」なパフォーマンスとは無縁であった。
トランプ氏の功績披露のダメ押しとなるかどうか、現在注目を集めているのが9月18日に亡くなったルース・ベイダー・ギンズバーグ最高裁判事の後任人事である。米国の最高裁史上2人目の女性判事にして、マイノリティー擁護のアイコン的存在だったギンズバーグ氏。その若かりし日の奮闘ぶりは、映画「ビリーブ 未来への大逆転」で描かれ、さらにドキュメンタリー映画「RBG 最強の85才」では、彼女の肉声がリアルに切り取られている。現在、大統領選まで1カ月余りしか残っていないが、判事の任命権を持っているのは当然現職大統領。つまりトランプ氏が、あのギンズバーグ氏の後任を選ぶことができるのである。
考えてみると、彼はラッキーとしかいいようがない。任期中にすでに、ニール・ゴーサッチ、ブレット・カバノーの両氏を最高裁判事に任命している。どちらも保守的(憲法理解が字義的で、時代や状況に左右されない普遍的な解釈を基盤とする)考え方の持ち主で、1970年代以降、リベラル化しつつあった米国を保守的につくり変えていくことが期待されていた。
これに加えて、ギンズバーグ氏の死去である。リベラル派の彼女が去り、保守的な判事がここに加わるなら、9人いる最高裁判事は6対3で保守に大きく傾くことになる。そうした中、トランプ氏は26日、第7巡回区控訴裁(日本の高等裁に相当)のエイミー・コニー・バレット判事を最高裁判事に指名すると発表した。バレット氏はカトリック信者であり、中絶に反対の立場を取る保守的な判事として知られている。
たとえ次の大統領選挙でトランプ氏が敗退したとしても、4年の任期中に3人も最高裁判事を任命したとなると、歴史は彼を「最も保守派に貢献した大統領」と評価することになるかもしれない。しかも上院は共和党が優勢であるため、彼が具体的に「この人」と示せば、おそらく可決されるだろう。
だが、これに待ったをかけようとしているのが民主党である。4年前にオバマ氏が最高裁判事を任命しようとしたが、結局これが流れてしまい、結果、トランプ氏が大統領に就任したことで、その権利が共和党に渡ってしまったのだ。
今回の民主党大統領候補はジョー・バイデン氏である。彼はすぐに「有権者の声を聞くべきだ」との声明を発表し、11月の選挙で新しい大統領と上院議員が決まるまで、上院での承認を見送るべきだとの考えを示した。何しろ約1カ月後の選挙結果次第では、自分が任命権を手にすることになるかもしれないのだから。そしてそうなると、リベラル劣勢の危機は免れ得る。だから必死だ。しかも「つばぜり合い」などではない。4年ごとに入れ替わる可能性のある大統領に比べ、最高裁判事は終身職である。そのため、実は大統領よりも判事の任命の方が国に大きな影響を与える、とまで言い切る学者も決して少なくない。
トランプ支持で結束している福音派は、確かに一定数存在する。だが浮遊票は常に存在する。そして今回の選挙ほどこの浮遊票が大きく影響を与える選挙はないといわれている。それはトランプ支持と見られている福音派内においても同じである。
言い換えるなら「福音派がバイデン氏をどれだけ許容できるか」が今回の選挙を左右するということである。4年前はむしろ「トランプ氏をどれだけ許容できるか」といわれていた。結果的には8割以上の福音派白人票が彼に流れ、(もちろんそれだけではないが)ヒラリー・クリントン氏は苦渋をなめることとなった。これを民主党側から言うなら「ヒラリーが嫌われた」ということである。
今回、バイデン氏はそのあたりをどの程度戦略に入れているのだろうか。多様性と進歩的な民主党のスタイルを踏襲しつつも、最後まで争ったバーニー・サンダース氏のような左派を取り込むことで代表候補の座を獲得したバイデン氏。本来は中道左派の重鎮であった彼が、ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動やそれへの反発が日に日に強くなる現在の米国において、分断化を回避することを願いつつも、やはりリベラル路線を打ち出さざるを得ない。このあたりの言動を福音派がどう評価するかである。
イスラエルとUAEの和平合意、ギンズバーグ氏の後任人事、コロナ対策(米国の製薬大手ファイザーが、大統領選前の10月にもワクチンの承認申請をする方針)――。これらの成果をひけらかすトランプ氏の言動は、この4年間とあまり変わっていない。つまり皮肉なことに「ブレてない」のである。だからこそ、変化が求められているバイデン氏に注目し、視点を変えてこの選挙を分析するのもいいだろう。それはひるがえって、福音派がどう変化したか(変化しなかったか)を知ることにもつながるのだから。
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