2020年が始まったのと同時に米国が揺れている。本来なら「4年に一度のお祭り騒ぎ」である大統領選に向け、共和党・民主党共にヒートアップする時期である。しかしここ日本でも、かしましく米国の政治のことが話題にされているとはいえ、その中身は従来のそれとはかなり趣を異にしている。その最たるものが、現職大統領ドナルド・トランプ氏の「ウクライナ疑惑」に端を発する弾劾裁判騒動である。
1月30日現在では、大統領罷免の可能性は低いといわれているが、ジョン・ボルトン前大統領補佐官がどう発言するかで風向きが変わってくるだろう。いずれにしても「お騒がせ」な大統領として、トランプ氏はその名を米国史に残すことだろう。
連邦下院が昨年12月18日にトランプ氏を権力乱用と議会妨害のかどで弾劾訴追したのを受け、翌19日付で米クリスチャニティー・トゥディ誌は、マーク・ガリ編集長が「トランプ氏は(大統領)執務室から去るべきだ」(英語)と題する論説を発表した。
これを受け、福音派内でも賛否が入り乱れ、まったく収束する気配がない。英公共放送BBC(日本語版)は、「米キリスト教保守派がトランプ氏罷免求め トランプ氏支持基盤に異変」というタイトルでこの論説を紹介し、「これまで磐石(ばんじゃく)と思われてきたトランプ氏の支持基盤のひとつに、ひびが入った可能性を示している」とまとめている。
確かに政治は時々刻々変化する。そして、ひと時も立ち止まることはない。だが、どうしてもこれらの近視眼的な論評は、「木を見て森を見ない」ことになってしまう。「急ハンドル・急発進」の感が否めない。
そこで今回紹介するのは、米国福音派の歴史を1980年代から丹念にひもといてきた当代一流の学者たちの論文集『Evangelicals:Who they have been. Are now, and Could be』である。意訳するなら「福音派:彼らは何であったか、今はどうか、そして何になり得るか」ということである。A5サイズで330ページを超える大作。寄稿者は、編著者のマーク・ノル(米ノートルダム大学元教授)、デビッド・ベビングトン(英スターリング大学教授)、ジョージ・マースデン(米ノートルダム大学元教授)の3氏を含む計18人である。
寄稿者をざっと見ると、かつて博士論文を書いていたときにお世話になった人たちの名がずらっと並んでいる。例えば、ダグラス・スウィーニー氏(米サンフォード大学ビーソン神学校教授)、D・G・ハート氏(米ヒルズデール大学教授)。スウィーニー氏の『The American Evangelical History(米国福音派史)』は、米国福音派の歴史をペンテコステ諸派も含めて概観するのに役立ったし、ハート氏のジョン・メイチェン関連の書籍は、1920年代から30年代以降にかけての根本主義(Fundamentalism)の思想を分かりやすく解説してくれた。
そんな彼らが今回、今までの研究成果に基づいて、トランプ政権下における「福音派」の動向について語っているのが本書である。今のところ、英語でしか出版されていないため、読める人は限られてしまうだろうが、読めば大いに刺激を受けること間違いない。
簡単に目次を紹介しよう。
まず序論で、マーク・ノル氏が「一つの言葉、三つの危機」と題して本書の成り立ちや方向性について語っている。
「福音派という言葉は混乱している。それは多様性と競合性という意味においてそういえる」という書き出しで、2016年の大統領選で白人の福音派が81パーセントもトランプ氏を支持したということについて述べていく。その理由は? また、それが意味することとは何か? そしてこの先、米国の福音派はどうなっていくのか? それらが4部に分けられ、学者たちの寄稿論文によって描き出されていくのである。
第1部は、「『福音派の歴史』という歴史」という入れ子構造の書き方で、今まで自分たちが追究してきたことを、自らの手で再検証する作業が行われている。
第2部では、「現在の危機:その振り返り」と題して、政治的なトピックスが取り上げられている。特に目を引くのは、第8章「変な愛情?:いかにして白人福音派は憂うことをやめ、あのドナルドを愛するようになったか」、そして第10章「ドナルド・トランプと好戦的福音派の男らしさ(マッチョ感?)」である。今まで学術的な論文集の中に、こんなタイトルを見たことがない。これもまた福音派研究の新たな潮流だろう。
第3部は「現在の危機:その評価」と題して、第2部と対になっている。特にこのパートでは、トランプ氏にすり寄っている現在の福音派の動向を、半ば揶揄(やゆ)するような内容になっている(ここだけはジャーナリスティック感は否めない)。章のタイトルも、第13章「福音派はトランプ氏を生き残らせることができるか?」という感じで、このあたりは、学的探究というより、お菓子片手に気軽に読むような雰囲気があった。
第4部は「大局的見方を求める歴史家」。さすがに最後は、上記の3氏(マーク・ノル、デビッド・ベビングトン、ジョージ・マースデン)が再登場し、それぞれのまとめをしている。ここだけを読んでも何となく彼らが示さんとする方向性は分かる。しかし時間があるなら、そして福音派研究を目指す大学院生以上の人であれば、ぜひ読破してもらいたいものである。
2020年の大統領選がどうなるのか。これについてはまたあらためて論考してみたいと考えている。しかし本書を概観して分かることは、同じ「福音派(Evangelicals)」といっても、その意味する中身は時代とともに変化しつつあるということ。そしてその変化を「積極的に認める」か「消極的ながら認めざるを得ない」とするのか、はたまた「変化を否定する」のか、この判断が米国の福音派陣営に求められているのだろう。
■ 『Evangelicals: Who They Have Been, Are Now, and Could Be』(Eerdmans Pub Co、2019年11月)