「100の診療所よりも1本の用水路を」。大干ばつで大量の犠牲者が出るのを目の当たりにし、医師でありながらも、アフガニスタンで灌漑用水路建設に励み続けた中村哲氏。その献身的な働きは現地の多くの命を救い、アフガニスタンは中村氏に勲章や名誉市民権を授与するなどした。しかし昨年12月4日、中村氏は用水路の工事現場に向かう途中、何者かに銃撃され、73歳で突然その生涯を終えた。
その中村氏の生き方からサーバント・リーダーシップを学ぶ研究会が1月30日、東京都千代田区のレアリゼアカデミーで開催された。ファシリテーターは、日本サーバント・リーダーシップ協会の広崎仁一理事。同協会は、近代の優れたリーダーからサーバント・リーダーシップを学ぶ研究会を不定期に開催しており、これまで賀川豊彦や杉原千畝、新渡戸稲造などを取り上げてきた。中村氏も7年前に取り上げていたが、事件を受け今回再度取り上げることにしたという。
大きな影響を与えた内村鑑三著『後世への最大遺物』
中村氏は終戦翌年の1946年、福岡県で生まれた。幼い頃から論語の素読を続け、祖母のマンさんからは「率先して弱い者をかばえ」「どんな小さな命も尊べ」と言われ、父親からは「親を捨ててもいい。世の中のためになる人間になれ」と繰り返し言われて育ったという。そうした環境で育った中村氏に、さらに大きな影響を与えたのが内村鑑三だった。特に内村の著書『後世への最大遺物』が与えた影響は大きく、西南学院中学時代に洗礼を受けクリスチャンになるきっかけにもなった。
内村は同書で、金や事業、思想も価値あるものだが、後世に残せる最大の遺産は「勇ましい高尚なる生涯」だと語っている。また同書に記されている「他の人の行くことを嫌うところへ行け。他の人の嫌がることをなせ」という言葉は、中村氏の生涯の指針となった。アフガニスタンで中村氏と共に働く人たちは、『後世への最大遺物』が必読書になっていたという。
アフガニスタンで中野区の約10倍の緑をよみがえらせる
アフガニスタンで2000年に発生した大干ばつを受け、中村氏らがまず始めたのは井戸掘りだった。アフガニスタンは国民の9割近くが農民で、多くの人々は自給自足の生活をしており、干ばつは人々の生活、そして命に大打撃を与えた。最終的に1600本の井戸を掘ることになるが、最初はうまくいかず、アジアやアフリカで井戸掘り指導を行っていたNGO「風の学校」の協力を得て、中村氏らはアフガニスタン東部地域に次々と井戸を掘っていった。
そして03年からは用水路の建設を始める。中村氏らが手掛けた用水路は、建設後も現地の人々が維持・管理できるよう、蛇籠(じゃかご)と呼ばれる金網に石を詰めたものでまず壁を作る。その上に柳の苗を植えると、細く伸びた根が蛇籠を包み込み、さらに数年で大地に広く根を張り巡らす。蛇籠と大地は一体化しコンクリートにも勝る強い護岸を造り上げる、というものだった。用水路は100メートルで1センチの傾斜をつければ水が流れるという緻密な設計が必要なものだが、中村氏はそうした技術も独学で習得し、自ら重機を操縦して用水路建設に心血を注いだ。これらの用水路建設により、アフガニスタンでは、東京都中野区の約10倍の面積に相当する1万6500ヘクタールの土地に緑が戻り、65万人がその恩恵を受けているという。
中村哲氏に見るサーバント・リーダーシップの特徴
広崎氏は、中村氏の功績をたどった後、共に働いた関係者がその生き方をどう見ていたのかを取り上げた上で、中村氏の生き方に見るサーバント・リーダーシップについて語った。
サーバント・リーダーシップとは、従業員100万人と、当時世界最大の企業だった米通信会社AT&Aでマネージメント研究センター長を務めたロバート・K・グリーンリーフ(1904~90)が提唱したリーダーシップ哲学だ。「リーダー(指導者)」は何よりもまず「サーバント(奉仕者)」としての心と姿勢が大切だとするもので、ルーツは聖書に描かれている弟子たちに仕えたイエス・キリストの姿にある。
サーバント・リーダーには、傾聴、共感、癒やし、気付き、説得・納得、概念化、先見力・予見力、執事役、人々の成長に関わる、コミュニティーづくり――という10の特徴があるとされている。広崎氏は、医師である中村氏が干ばつで苦しむアフガニスタンの人々を救うため、診療所ではなく用水路の建設に従事したことは、まさに「傾聴」や「共感」から来る「気付き」であったと指摘。また数多くの井戸を掘り、用水路を建設するには多くの人々の協力が必要で、ビジョンを共有しなければ不可能であったとし、そこには「説得・納得」や「概念化」があったと語った。さらに中村氏は、現地の人々のために用水路だけでなくモスクやマドラサ(付属教育機関)、職業訓練学校までも造っており、「人々の成長に関わる」「コミュニティーづくり」も行っていた。
中村哲氏の「人間力」
その上で広崎氏は、サーバント・リーダーとしての中村氏が持っていた「人間力」を10の要素に分けて分析した。謙虚な姿勢で他者の言葉に耳を傾ける「謙遜さ」、自分の野心ではなくアフガニスタンの人々のためという「大義を抱く」姿、また裏表のない「高潔さ・真摯(しんし)さ」や、多くの困難を伴う用水路建設に挑み完成させる「屈せずにやり抜く力」などがあったとし、これらの「人間力」がサーバント・リーダーに見られる「特徴」につながっていると語った。
最後に、日本サーバント・リーダーシップ協会で顧問を務めてきた資生堂元社長の故・池田守男氏との共著『サーバント・リーダーシップ入門』がある金井壽宏(としひろ)氏(神戸大学大学院経営学研究科教授)の言葉を引用。サーバント・リーダーになるためには「使命感」を持つことが大切だとし、使命感を持って仕事をし、人に尽くせば、そこに喜びを感じられると語った。また、サーバント・リーダーは偉大で高潔な人でなければなれないものではなく、身近なところにそれぞれに課された「ミニ版」のミッションがあるとし、中村氏に見られるサーバント・リーダーシップを、それぞれの人生にも生かしてほしいと語った。