岡上菊栄にとって最も養育困難な子どもは盗癖と性的変質者であったそうですが、今回は盗癖のあった五助という少年のことを記してみます。13歳の五助はどんなに用心深く財布を片付けておいても、必ず見つけ出して金を盗むのでした。
園内だけでなく園外の家々からも金品を盗むので、近所から当然苦情が殺到しました。「あの子を園から追い出してください。町にどろぼうがいるだけでも迷惑です。おちおち家を空けることができません」と談判に来る人が後を絶たなかったそうです。菊栄は冷や汗をかきながら金品を返却し、謝罪して回りました。
菊栄はどうしたものかと途方にくれました。そんな矢先、子ども部屋から自室に戻り、障子を開けようとしたとき、何やら人の気配を感じたのです。もしやと思って、菊栄は音も立てずにスッと部屋に入りました。案の定、五助がたんすの中をかき混ぜているのです。
飛び上がらんばかりに驚いた五助は、バツの悪そうな顔をしました。菊栄は五助に向かって笑顔をつくり、大きくうなずき、五助に近づいてその手をやさしく包んでやりました。
「五助よ。どうしてそんなにお金がいるのかえ?」「・・・本が買いたい・・・」「・・・そうかよ、五助は本が読みたかったのか。気付かんで悪かったのう。そんな理由なら何も遠慮することはない。おばあちゃんに言ってくれれば良いものを。このたんすのお金は遠慮することはないよ。欲しいものは何なりと言えばいいから・・・」
そう言って菊栄は叱るわけでもなく、反対にたんすの中から金をぜんぶ取り出して、笑顔をつくってうなずきながら、五助の前に「さあ、お使いなさい」と差し出したのです。五助は青い顔を引きつらせました。
数日たって、五助が菊栄の部屋へ来ました。「おばあちゃん、これからは二度と致しません。いろいろありがとうございました」
以来、五助の盗癖はやんだのでした。態度も変わり園の模範生となり、園を出てからは市内の商店に勤め、間もなく模範店員となって店主の信頼を一身に集めるようになったそうです。「すべて求める者には与えなさい。奪い取る者からは取り戻してはいけません」というキリストのお言葉を思い起こさせるようなエピソードです。
(出典:武井優著『龍馬の姪・岡上菊栄の生涯』鳥影社出版、2003年)
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