現在このコラムで連載しています「岡上菊栄について」は、武井優という著者が書き表した『龍馬の姪・岡上菊栄の生涯』という著作から引用しているものです。あまりにも素晴らしいので、皆様とお分かちしたくてこのように記載しております。ご興味のある方は、直接この書物を読まれることをお勧めいたします。
高知博愛園で園母として働いていたときの菊栄の記録が、上の書物に克明に記載されています。前回は、音吉という子どものことを記しました。今回は安次という子どものことを何回かに分けて記載してみようと思います。
安次の母親は前科17犯のスリでありました。この母親は、高知の刑務所の中で父親不明の男児を産みました。それが安次であります。安次を刑務所の中で育てることはできないので、菊栄の方に連絡が刑務所から入り、安次を引き取ることになったのです。ようやく歩き始めた安次は、菊栄を見るなりおびえて泣きだし、母親にしがみつきました。
嫌がる安次をなだめすかして背負い、博愛園に連れて帰ろうとしますが、安次は何回も刑務所に向かって帰ろうとするのです。やっと園に帰ったその晩から、菊栄は安次を自室に住まわせ、毎晩抱いて寝ることにしました。お話を聞かせ、子守唄を歌うけれど、いく晩抱いて寝ても安次はなついてこないのです。身体を硬直させて、時にひくひくと全身をけいれんさせることもあるのです。なぜ自分をこんなに怖がるのか、なぜ信用してくれないのか、菊栄は考えに考えました。
ある日のこと、安次が庭の物干しざおでひらひらと風に揺られている赤い着物を見ながら上機嫌でいるところを菊栄は見つけました。それでふと思いついて、寝る時に赤い色の着物を着て、細帯を締めてみたのです。すると安次はその晩から、菊栄の着物を握りしめてぐっすり眠るようになったのです。刑務所にいる母親の着物とよく似た着物であったのですね。安次にとってはそれが「母ちゃん」であったのでした。それからは、朝から晩まで菊栄にまとわりつくようになったというのです。
途方に暮れるような問題にぶつかる中で、求めていくならば必ず解決の道を見いだすことができるという主イエスのお言葉を思い出させてくれるエピソードですね。
(出典:武井優著『龍馬の姪・岡上菊栄の生涯』鳥影社出版、2003年)
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