上映時間93分という小粒な作品ながら、評価が高い一作だ。「オバマ前米大統領が2018年の年間ベスト映画に選出」とか「全米で社会現象を巻き起こした」という触れ込みは、確かなものだと感じられた。
物語は、間もなく中学校生活を終え、高校へ入学することが決まっている第8学年(=エイス・グレード。米国では、小学5年、中学3年、高校4年という区切りの地域がある)の女の子ケイラの1週間を描き出すドラマ。
彼女は、周りのみんなから「最も無口な女の子」と見なされており、そのような表彰まで受けてしまうくらい「イケてない」女の子である。しかしその一方で、自分の思いを動画で撮影し、誰もが見ることのできるユーチューブに投稿し続けるという一面も併せ持っている。ただ、そのことを知る者はほとんどいない。一生懸命に何かを訴えても、その動画を視聴してくれるのはわずか1人か2人という状況である。だから彼女の「相棒」は常にスマートフォンかパソコンの画面ということになっている。SNSでしか本音をアウトプットできない自分であることを知りつつ、それをどうしたらいいか分からないまま、日々が流れていってしまう。
「人前では無口ながら、スマホやパソコンの画面の前では胸の内を赤裸々に語り出す」という二面性を持った女の子を演じるのは、今年のゴールデン・グローブ賞新人女優部門にノミネートされたエルシー・フィッシャー。彼女の代表作は、アニメ映画「怪盗グルーの月泥棒 3D」と「怪盗グルーのミニオン危機一発」で、劇中に登場する三姉妹の三女アグネスの声役で出演している。つまり、顔を見せての演技では、これまでそれほど注目を集める存在ではなかったということになる。フィッシャーの経歴がちょうど主人公のケイラとダブっていく。
決して目の覚める美人ではない。体型もどちらかというとぽっちゃり系で、顔はニキビがいっぱい。そして人とコミュニケーションを取ることが苦手・・・。そんな彼女の「中学校生活最後の1週間」はどんなものなのか。日常の何気ない出来事に、私たちは思わず「あるある」とうなずき、彼女が天を見上げて深呼吸しながら一歩踏み出す瞬間に、「頑張れ」と心の中で応援してしまうに違いない。
もう一人、物語には重要な人物が登場する。それはケイラの父マークである。彼は結婚に失敗して以降、ケイラを男手一つで育ててきた。決して「良くできた父親」ではないが、彼がケイラと交わす会話を通して、どれほど彼女を愛し、気に掛けているかが分かる。同時に思春期を迎えた娘とどう向き合っていいか分からず、そのぎごちなさに自己嫌悪を抱えながら必死になっている。その様は、現代社会で「物分かりのいい父親になろうとする男たち」の胸中を代弁しているともいえよう。
劇中、なかなか思うようにいかない日常に神経をすり減らしながらも、何とか前向きに生きようとするケイラは、高校の一日体験入学の日についに神に祈る。「神様、この一日だけはどうかいい一日でありますように! 残りのすべての日が悪いことばかりでもいいですから、どうかこの日だけは!」
果たしてその祈りはかなえられるのだろうか、ぜひ作品をご覧いただきたい。バラク・オバマ前米大統領ではないが、確かに「年間ベスト級」のしみじみとした感動が胸に押し寄せてくることは間違いない。
これは米国に限ったことではない。SNSが当たり前に存在する現代を生きるすべての人が、ケイラのような葛藤を抱えて生きているのだろう。人からどう見られるか、また人にどう見られたいか、どう見せたらいいか、を常に気にしながら、それでいて自分の本音をうまく吐露する術を持っていないため、時々パニック状態に陥り、そこで「当たりやすい人」(ケイラの場合は父親のマーク)に感情をぶつけてしまう。一方、当たり散らされた父親は、娘がどうして自分に対してそんな態度を取るのか分からず、困惑しながら結果的に、とんちんかんな言葉しか掛けられなくなっていく・・・。この「間の悪さ」たるや、観ているこちらも何だかいたたまれなくなってしまう。だからこそ、映画はここまでの評価を得ることができたのだろう。
教会の牧師としてこの作品を見て思ったことは2つある。1つは、「自分と他者との違いを意識する世代」が増えつつある現状の中で牧会をしていかなければならないということ。彼ら(特に若い世代)は、「乱暴かつ繊細」という両面を併せ持ち、しかもその両面をうまく使いこなせていないことが多い。一見、乱暴に見えても、それは「繊細さの裏返し」であり、「自信のなさ」を隠すためにそのような態度を取ってしまうことの方が多いのだ。そういう世代の微妙な感情の変化に、私たちは向き合っていかなければならない。だからこうした映画を観て、親世代があれこれと語り合うことはとても大切な時間となるだろう。
もう1つ思ったこと。それは次の聖書の言葉の真実性である。
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)
この映画に、私たちがリアリティーを感じ、またシンパシーを感じるとしたら、それは自分に対する自分の視線(セルフイメージ)の低さであろう。そんなにセルフイメージを高く持てる人はいない。だからこそ聖書の言葉によって励まされ、明日に向かって生きることができるのだろう。ケイラは「人生で最も大切な日」に神に祈った。劇中では、それによって劇的に変化したという展開にはなっていないが、私たちにはこのような「心機一転」のきっかけが常に必要である。だから今日もこの聖句を胸に響かせ、ケイラのように不安でドキドキする気持ちを何とか抑えながら、神と共にある自分をイメージして一歩踏み出すのだ。
そんな勇気をもらいたい人にもお薦めの一作である。
映画「エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ」は、9月20日(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、シネクイントほかで全国ロードショーされる。
■ 映画「エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ」予告編
■ 映画「エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ」公式サイト
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