6日未明に発生した北海道胆振(いぶり)東部地震では、震度7を観測した厚真(あつま)町で大規模な土砂崩れが発生し、8日午後10時までに、周辺自治体を含め35人が死亡(うち31人が厚真町)、2人が心配停止の状態で、3人の行方が依然分かっていない(心肺停止、行方不明はいずれも厚真町)。道内すべての火力発電が緊急停止したことで、道内全域が停電し、地震の影響は、震源地から遠い地域も含め、広い北海道の広範囲に及んだ。地震の被災状況について道内各地の教会に話を聞いた。
教会の十字架落下、室内散乱 「それでも神の恵み感じる」
震源に近く、震度6強を観測した安平(あびら)町にあるウェスレアン・ホーリネス教団追分(おいわけ)めぐみチャペルでは、大きな揺れにより、屋根に設置していた十字架が落下した。壁はボードの境目に沿ってクロスに線が走り、2階の居住部分は、本棚や食器棚などあらゆるものが倒れて散乱した。1階の会堂部分では、入り口近くにあった本棚が倒れ、会堂内に入ることもできない状態だったが、8日に近所の人々の手伝いもあり、入ることができるようになったという。
同チャペルは、同教団札幌新生教会(札幌市中央区)の枝教会で、8日には札幌新生教会から、岡田文美佳(ふみか)副牧師ら5人が食料と水などを持って訪問。日曜日の9日に礼拝ができるよう、片付けなどを手伝った。10日に再度訪問し、まだ多く残っている荷物類の片付けなどを手伝う予定だ。電気は回復したが、8日現在まだ断水している状態だという。
同チャペルを担当する菅原ひかり副牧師は、「縦揺れだったか、横揺れだったかも分からないくらい、とにかくものすごい揺れで跳び起きました」と地震発生当時を振り返る。6日は町内を車で周り、高齢の信徒や障がいのある信徒の家々を優先的に訪問し、1日がかりで安否を確かめた。幸い教会員は全員無事だったという。
本紙が8日午後、電話で取材している間も比較的大きな余震が発生したが、菅原牧師は「教会内の被害はひどいですが、津波や(安平町では)土砂災害はなく、また、これまでの震災で苦労しながら立ち上がった人々の話を聞いていますので、気持ちの上では、神様に守られていると感じています」と話す。また、避難したり安否を確認したりする中で、教会学校の生徒の家族や信徒の家族、近所の違う宗教の人々とも人間関係がずっと近くなったという。「地震がなければ、こんなに親密に話すことはなかったと思います。こうした状況ですが、皆さんのお祈りのおかげであり、今までにない神様の恵みと感じ、感謝しています」と言う。
信号機停止の中、車で8時間かけ帰宅 「電気ないと動かない社会を痛感」
札幌市在住の込堂(こみどう)一博牧師(日本福音キリスト教会連合〔JECA〕屯田キリスト教会=同市北区=協力牧師)は、地震が発生した6日は北海道東部の阿寒(あかん)にいた。東京から来た友人牧師に道東地方を紹介していたためだ。宿泊先のホテルで大きな揺れを感じ、札幌市内の自宅で1人で留守をしていた妻に電話をかけると、無事だったものの、今までに経験したことのない揺れだったことを聞いた。道内全域にわたる停電により、ほとんどのガソリンスタンドが営業を停止し、銀行ATMは使えず、信号機も停止という状態の中、阿寒から車で約8時間かけて札幌の自宅に戻った。出発時にはガソリンがタンクの半分くらいしかなく、そのままでは札幌に帰れない状況だったが、幸いにも途中、営業中のガソリンスタンド1店舗を見つけることができ、無事帰宅することができたという。
7日は友人牧師を送るため、新千歳空港へ向かった。同空港は同日午前まで全便欠航が続き、キャンセル待ちの旅行客で大混雑していたという。しかし、空港内のすべての土産店やレストランは閉まっており、「異様な空港景色でした。何か近未来映画のワンシーンのような不気味さを感じました。超便利な社会も電気が止まると、まったく動きが取れないもろさを痛感しました」と話す。友人牧師はこの日午後の便であったため、無事帰京することができた。
8日朝には、液状化被害が出た札幌市清田区里塚の現地を視察。込堂牧師の自宅から徒歩数分の場所で、家が大きく傾いたり、道路が大きく沈降したりした状況を確認した。日曜日の9日は、JECA静内新生キリスト教会(新ひだか町)の礼拝で説教をする予定で、途中大きな被害が出ている安平町や厚真町を通るとし、「多少緊張しつつ出掛けます」と話している。
地震発生すぐに停電、医療機関にも影響 「混乱まだ続いてる」
北海道南部の七飯(ななえ)町在住の藤崎裕之牧師(日本基督教団函館千歳教会=函館市=副牧師)は6日未明、緊急地震速報のアラーム音で目が覚めた。大きなアラーム音で起きてから約3秒後に揺れが始まり、15秒くらい続いたという。揺れが収まって30秒ほどで停電。すぐに携帯電話からインターネットにアクセスし、地震の情報を調べようとしたがつながらなかった。携帯電話は発信もできない状態で、受信は6日朝までできたが、その後は受信もできなくなってしまった。「地震は頻繁に起こりますが、経験的にこれは大きいと思いました」と藤崎牧師。その後は、ラジオや車のナビでワンセグを使うなどして情報を集めた。
七飯町内は停電が長く続き、信号機も停止した。多くの家で電気のない状態が2日ほど続いたという。8日午後までに、主なライフラインは回復したが、流通がストップし、食料品とガソリンが市場にまったくない状態だという。また、藤崎牧師が関係する地元の病院は、停電により2日間冷蔵庫が停止していたため、低温保存の医薬品が使えなくなり、一部の患者に影響が出た。この他、停電の影響で、調剤薬局では分包機が動かず顆粒の薬を出せなかったり、透析病院では透析ができないところもあった。「地震による直接の被害はありませんでしたが、道内全面停電という初めての事態で混乱がまだ続いています」と話す。
停電で情報得られない高齢者世帯 「災害は他人事ではない」
北海道中部の旭川市在住の西川真人牧師(日本ルーテル教団)は、市内にある旭川聖パウロ・ルーテル教会と、隣接する深川市にある深川エマヌエル・ルーテル教会を担任している。地震発生当時のことを次のように振り返る。
「旭川の自宅では、緊急地震速報の10秒後くらいに、ボートに揺られているようなゆっくりと大きな揺れを感じました。また深川の教会員に翌日聞いた話では、深川ではガツンという強い突き上げのような揺れがあり、体感は旭川よりも強い揺れだったようです。すぐにテレビをつけて状況を確認しましたが、15分ほどすると急に停電になりました。以降は、スマホでつなげたインターネット、ワンセグ、ラジオなどで情報収集しました。『停電が長期化する』『全面復旧に1週間以上かかる』との報道を聞いて、長期戦を覚悟しました」
旭川、深川の両教会とも地震による直接的な被害はなかったが、「北海道は地理的に牧会範囲も広いので、教会員の安否確認にもそれなりに時間がかかります」と話す。震源地に比較的近い姉妹教会では、信徒と連絡を取るのに苦戦したという。また停電中、自ら情報を得られない高齢者世帯も多かった。電池式のラジオがあれば停電中も情報は得られるが、ない場合、自らスマートフォンやインターネットを使って情報を取得するのが難しいためだ。「道外の親戚や友人が、確かな情報を電話やメールで定期的に伝えてくれて助かった、という話も聞きました」と言う。
また「停電が冬期でなかったのは不幸中の幸いでした。石油暖房もほとんどが、電気がないと使えないからです」と話す。旭川や深川では、冬は寒い時には零下20度になることもあり、長期間暖房が止まれば、命取りになってしまう。
「旭川や深川などは、これまで大きな地震災害をあまり経験したことがなく、『ここは大丈夫』という楽観的な雰囲気が以前はありました。けれども今回、全道が連鎖的に一斉に停電するという事態となり、災害が他人事ではないことに否応なく気付かされたという感じがします。それぞれの地域でも、日頃の防災意識を持って過ごしていただきたいと思います。また、地震自体に慣れていない方々が、ショックと恐怖で不眠になったり、大きなストレスを抱えたりしています。平安をお祈りくだされば幸いです」
被害のより大きな地域のために祈りと支援を
震源に近く、震度5強を観測した苫小牧市にある日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団山手町教会では、会堂に大きな被害はなかったが、教会内の倉庫やオフィスで物が倒れるなどし、7日夕方まで停電が続いた。
同教会の大坂太郎牧師によると、苫小牧市内では集合煙突やブロック塀、住宅のタイル壁などに被害があったのを確認できたが、同じく震源に近く、震度6強を観測したむかわ町で被害がより大きいという。「苫小牧は大丈夫です。被災地からの生の情報です。ぜひシェアしてください。そしてお祈りください。支援もしてください」と、むかわ町からの情報をフェイスブックでシェアし、被害のより大きな地域のために祈りと支援を呼び掛けている。
また、「自衛隊の話によれば、地鳴りがしているので4〜5時間後に大きな地震がもう一度来る」など、地震に絡みSNS上で根拠のないうわさも流れているという。「うわさに振り回されないよう、情報の精査が必要です」と話す。
北海道クリスチャン宣教ネットワーク(ホクミン)は7日、札幌キリスト福音館(札幌市北区)に北海道胆振東部地震の災害支援対策本部を設置した。専用のフェイスブックページも開設し、地震関連情報をまとめた専用サイトと共に、道内各教会の被災情報を取りまとめて発信している。義援金の受け付けも行っているほか、本部のある札幌キリスト福音館では、地域の人々に電気や水を無料で提供している。詳しくは、専用フェイスブックページや専用サイトを。