ミャンマー北部の山岳地帯に住むカチン族は、人口の9割が仏教徒だとされる同国で、その多くがキリスト教を信じる少数民族。19世紀半ばに米国から派遣されたバプテスト派の宣教師らが布教を進め、今ではその9割近くがクリスチャンだとされている。
他宗教の指導者らと協力し、世界中で宗教的寛容を促進する活動を行っているノースウッド教会(米テキサス州)創設牧師のボブ・ロバーツ氏は、6月末まで10日間にわたって、カチン族が多く住む同国北部のカチン州を訪れた。ロバーツ氏がそこで目の当たりにしたのは、ミャンマー軍がここ数カ月間、カチン族に対し攻撃を強化している光景だった。
カチン族の独立を目指す武装組織「カチン独立軍」(KIA)とミャンマー軍は数十年にわたり対立している。7年前に停戦が決裂し、武力闘争が再開してからは、カチン族の450の村が焼き打ちにされた。攻撃は特に最近になって激化しており、軍はこの1年半で60軒の教会を爆破し、一方で跡地のうち20カ所に仏塔を建立したという。ロバーツ氏は「この行為の大半が民族浄化であることは明らかです」と話す。
国際社会は昨年、ミャンマーの「ロヒンギャ問題」に大きな関心を寄せた。軍が西部ラカイン州に住むイスラム系少数民族ロヒンギャを攻撃し、その多くが難民となって海外へ脱出した。乳幼児が虐殺されたり、婦人や少女らが集団強姦(ごうかん)されたりしているというニュースが世界を席巻し、多くの人権活動家は「大虐殺」だと非難した。
ロヒンギャ問題に国際的な関心が高まったことから、軍はラカイン州における活動を縮小し、その大部分をカチン州に移した。
「このことには特段の注意を払う必要があります。なぜなら移動した部隊は(ラカイン州でロヒンギャを攻撃していた部隊と)まったく同じ部隊だからです」とロバーツ氏は言う。「すでに殺人や強姦など、さまざまなことが行われています。まだロヒンギャのレベルには達していませんが、すぐにでもそのレベルに達し得るという懸念があります。状況が早急に悪化する恐れが大いに疑われます」
ロヒンギャ問題では、70万人余りが隣国バングラデシュに避難した。一方カチン族は、ミャンマーの治安当局が隣国の中国やインドへの越境を阻止しているため、逃れることができずにいる。
ロバート氏によると、13万人ものカチン族が、現在国内避難民としてカチン州内に散在する教会で避難生活をしている。
「(カチン州内の)ほぼすべてのバプテスト教会に、400人から2千人が避難しています。私は教会の規模に関する詳細は知りませんが、そのほとんどはあまり大きくありません。難民たちを救済しているのはカチンバプテスト連盟(KBC)で、彼らを支援しようと試みているのもKBCです」
カチン州はあまりに孤立しているため大規模な援助機関は支援することができず、KBCだけで援助の大半を担っている。
「私が訪れた多くの教会は200人ほどの小さな教会で、大きくてもせいぜい300人ほどです。それらの教会には(粗末な)竹製の小屋があり、そこに数百人もの難民がいるのです」
ロバート氏は、教会に避難している人々から、女性たちが強姦されたという話も数多く聞いたという。
「私はある男性から話を聞きました。彼は息子さんと一緒に畑で牛を世話していたそうです。そこに戦闘機やヘリコプターがやって来て、2人に向かって射撃し始めました。息子さんは殺され、男性は膝を撃たれたそうです。男性は急いで息子さんを葬り、村を出なければなりませんでした」
ロバーツ氏によると、カチン州には昨年、戦闘機やヘリコプターが600回余りも飛来したという。
今回の訪問でロバーツ氏の心に最も深く残ったのは、カチン族の人々が「欧米の教会に見捨てられたと感じている」ことだった。「カチン族の方々は、米国の教会に対して強い親近感を持っています。それ故、彼らは『なぜ米国人は私たちのために声を上げてくれないのか』という疑問を持っているのです」