戦時下におけるキリスト者の罪を悔い改める聖会「今の時代の残りの者の集い―神のともしびは、いまだ消えず」(実行委員長:奥山実)が1日、21世紀キリスト教会広尾チャペル(東京都渋谷区)で開催された。教派を超えた約50人が集まり、御言葉の恵みを分かち合い、悔い改めの祈りをささげた。
同聖会は、昨年8月14日に開かれた聖会「戦後70年―荒野で叫ぶ者の声」を引き継いだもの。昨年の聖会では、戦前戦中の国家の罪と信者の罪を明確に切り分け、キリスト者が偶像崇拝に屈してしまった後者の罪を徹底的に悔い改め、懺悔(ざんげ)の告白をした。今年の聖会では、人間に対する罪ではなく、神に対する罪に焦点を当て、悔い改める時を持った。
聖会が開かれた日は、ユダヤ暦の「アブの月の9日」にあたる。これは、エルサレムの神殿を失ったユダヤ人たちが、自らの悔い改めの日と定めた日で、旧約聖書の哀歌全5章が朗読されることに倣い、この日も哀歌1~5章が抜粋で朗読された。
まず宣教師訓練センターの石野博氏が講壇に立ち、「すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか」(ヘブライ12:1)から次のように語った。
「私たちが招かれているレースは障がい物競走。自分の前に障がい物があるのは、障がい物競走を走っているから。ポイントは障がい物を取り除くことではなく、見る視点を変える、思いを変えることだ。戦時下では、ほとんどのキリスト者が、見るべきを見ず、従うべきを従わず、主が呼んでくださったレースを辞退してきた。戦後もまっすぐにその罪に向き合うことをせず、見過ごしてきた。それがようやく、70年を経て昨年、悔い改めることができた」
そして、「信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。このイエスは、御自身の前にある喜びを捨て、恥をもいとわないで十字架の死を耐え忍び、神の玉座の右にお座りになったのです」(2節)からは、「過去には、罪人である自分のために御子イエスを十字架に付けてくださり、惜しむことなくすべてを神は与えてくださった」と話した。
さらにローマ8章35~37節から、「主は絶対に私たちを離さず、ゴールまで連れて行ってくださる。人生の途上でどんな困難があろうと、私たちはすでに圧倒的な勝利者」と述べ、イザヤ書46章3〜4節からは、「私たちは生まれた時から負われ、担われ、完成地点まで連れて行ってもらえる」と伝えた。
「戦時中、神より人に従い、偶像礼拝の罪を犯したこの国のクリスチャンは滅びてもよかった。でも滅びなかったのは、天においてイエス様がとりなしの祈りをしてくださったから。それによって、神の言葉の約束を持っていた人が残された」
最後に、砕かれた心と神の恵みしか持たない人たちがアッパールーム(「上の部屋」使徒1:13)で復活の主とまみえたように、今年悔い改め、来年は恵みしかないという心を持って、アッパールームに上る者になることを宣言した。
次に実行委員長の奥山実氏がメッセージを取り次いだ。取り上げた聖句は、「もしわたしの名をもって呼ばれているわたしの民が、ひざまずいて祈り、わたしの顔を求め、悪の道を捨てて立ち帰るなら、わたしは天から耳を傾け、罪を赦(ゆる)し、彼らの大地をいやす」(歴代誌下7章14節)。
「私は受洗してから今日まで、さまざまな教派で活動してきたが、そこでの体験は、すべて神の恵みであった。神は全能なお方だから、一夜にして日本をキリスト教国にできるにもかかわらず、そうしないのは、私たち側に問題があるからだ」
そして、戦時下、教会が妥協し、偶像崇拝をしてしまった罪の大きさを述べ、「これまで人に対しては謝罪してきたが、神に対しての悔い改めはしてこなかった」と指摘した。神への悔い改めによってリバイバルが起こると期待する奥山氏は、「リバイバルが教会の刷新ということだけではなく、異教徒が爆発的に救われることでもある」と話した。さらに、韓国の教会が日本人の魂の救いのために祈っていることも伝え、改めてリバイバルが起こされることを祈った。
3人目のメッセンジャーとして登壇したのは、聖書キリスト教会会長牧師の尾山令仁(れいじ)氏。最初にヨハネ16~17章から「クリスチャンの和解と一致」を強調し、教派を超えて一緒にやっていくことの大切さを訴えた。また、戦時下の教会の罪については、「その時代に直接関わらなかったとしても、アダムの罪が自分たちにあるように、当時の教会の罪は私の罪である」と力を込めた。
そして、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」(1テサロニケ5:16〜18)という御言葉から、次のように語った。
「祈りとは、すべてを神の前にさらけ出すことであり、問題は神の前で解決するしかない。しかし、御言葉に従わなければリバイバルは起きない。リバイバルはその人を用いて起こされる。独り言の祈りは、祈りではない。神様の臨在を意識した時にこそ祈りとなる。電話と違い、神様には話し中はない。悔い改めの祈りの中で、私たちが互いに愛し合えるよう祈っていきたい」
3人のメッセージの後、次の4人によって代表祈祷が行われた。日本基督教団牧師で聖隷クリストファー大学(静岡県浜松市)教授の鈴木崇巨(たかひろ)氏、韓国人宣教師の金正男(キム・ジョンナム)氏、平キリスト福音教会(福島県いわき市)牧師の森章氏、そして尾山氏。
その後、「宣言」が奥山氏のリードで行われた。
「戦前戦中において、真理の柱また土台であるべき教会が、当時、真理のために立ち上がることができなかった。信仰という名の霊的戦いにおいて敗戦を喫したのは、大日本帝国ではなく、むしろ日本の教会。戦後最大の欺瞞(ぎまん)は、今までの70年もの長きにわたり、教会が福音的視点からこの罪を悔い改めてこなかったことだ。我らは今再び主イエスの十字架の御旗のもとに立ち上がり、エリヤの日のように『主こそ神です』と、この時代の残りの者として力の限り宣言する」
愛知県岡崎市から聖会に参加したフィリピン人の女性は、「すべてのクリスチャンが神様の前に出て、きちんと悔い改めなければ、リバイバルは起きないと思った」と感想を語った。