第41回日本カトリック映画賞(SIGNIS JAPAN〔カトリックメディア協議会〕主催)の授賞式と上映会が20日、なかのZERO大ホール(東京都中野区)で行われた。今年の受賞作品は、昨年11月に公開され、社会現象も巻き起こしたアニメーション映画「この世界の片隅に」。監督の片渕須直(かたぶち・すなお)さんが授賞式に出席した。
同賞は、年に1度、キリスト教の愛の教えに基づく福音的な映画を選び、その監督に贈られるもので、これまで映画のジャンルに関係なく幅広い作品が選ばれてきた。今回受賞した「この世界の片隅に」は、戦時下、見知らぬ土地に嫁いだ少女の日々の営みを描いた作品で、クラウドファンディングで製作資金の一部を調達し、6年の歳月をかけて完成させたことでも大きな話題となった。
授賞式であいさつに立ったSIGNIS JAPAN顧問司祭でカトリック浅草・上野教会主任司祭の晴佐久昌英(はれさく・まさひで)神父は次のように語った。
「この作品を観て、与えられた出会い、今の生活、一人一人の内に秘められた尊さを、もっと大切にしなければと心から思いました。そして、この気持ちをたくさんの人と分かち合いたい。このことが受賞の一番の理由。この映画なら、どんな世代の人でも、どんな立場にある人でも、共感できる宝物を見つけてくれるでしょう」
このように、受賞作が誰からも支持される作品であること、実写以上にリアリティーを伝えていることなどを述べ、その魅力を絶賛した。そして、「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25:40)という聖句を引用しながら、「これらの小さな者の1人を軽んじないように気を付けなさいとイエス様はおっしゃいました。世界の片隅にいる人が宇宙の中心なのだという大切なことを思い起こさせてくれる映画です」と同作への強い思いを語った。
SIGNIS JAPAN会長の土屋至氏から表彰状を受け取った片渕監督は、「こうの史代さんのマンガを映画化したものなので、本来、この場に立つのはこうのさんのはず。私は彼女の代理として賞を受け取るのだと思っています」と話した。
この日は、上映会、授賞式に続き、片渕監督と晴佐久神父による対談も行われた。その中で片渕監督は、曽祖母がカトリック信者で「アグネス」という洗礼名だったこと、監督自身もカトリック教会付属の幼稚園に通っていたことなどを明かした。同作の時代設定は1933年から始まるが、その冒頭は町がクリスマスでにぎわうシーンで、「いざもろとも主を」(聖歌130番)が使われている。片渕監督は、ここでクリスマスを祝うことによって平和であることを伝えたかったという。
「クリスマスは戦争前から普通の生活にしみ込んでいました。クリスマスをやれるのが平和。戦争は平和を奪うものです。戦争がいけないのは、普通の人々の中に『罪の意識』を植え付けてしまうことです。それは、危険な状況に遭遇しながらも生き残った人が感じるサバイバーズ・ギルト。戦争は背負うものが大きすぎます。そう思った時、エンディングのクレジットのところに何か絵が付けられると思い、救われている(主人公の)すずさんや、(義理のお姉さんの)径子さんを描きました。ですから、この映画はエンディングのクレジットも含めて1本の映画なのです」
また片渕監督は、この作品を作ることで自分自身が救われるのではないかと考えていたとも打ち明け、「こういう映画を形にできれば、これまで生きてきたこと、経験してきたことがいろいろな意味でその映画の中に結実できる。ここまでやってきたことは無駄ではないということに結び付けられるのではないかと思いました」と映画制作の真意を語った。
さらに、この作品が家族を描く話だったことも大きな意味を持っていたという。監督補の妻と二人三脚で完成までこぎ着け、またこの映画制作を通して、それまであまり戦争について語らなかった母親が、当時の生活について語ってくれたことにも触れた。「普通の瞬間に何をしていたかを、僕の子どもやめいたちにも聞かせてくれ、家族の歴史を再確認することができました」
昨年11月12日に公開してから、映画館に足を運んだ人は延べで約199万1千人に及ぶ(5月20日時点)。片渕監督やスタッフたちは、興行収入ではなく、何人の人に見てもらったかを大切にしている。また映画館には、インターネット世代ではない、70~80代の人や、90歳を超える人も多く足を運んでくれたという。片渕監督は、「自分が生きていた時代の空気をきちんと描いていると言われた時はすごくうれしかったです」と、実際にその時代を生きてきた人の評価が大きな励ましになったと語った。
「すずさんと夫の周作さん、戦後出会う孤児・・・。たまたまの出会いだったけれど、出会ったゆえに愛情が育つこともあると思います。それは、『どこにでも宿る愛』ということかなと。映画ではこのことを最後の歌の歌詞に載せてあります。子どもの頃から好きだったこと、これまで出会ったきたことが全部、この映画を作るのに役立っています。『どこにでも宿る愛』とはそういうことなのかなと思うのです」
晴佐久神父が見どころを尋ねると、片渕監督は主人公すずの服を挙げた。「すずさんが子どもの時に祖母に縫ってもらった浴衣は、その後もずっと登場します。服にも歴史があって、それはびっくりするくらいドラマチックです」
同作品は、6月からホール上映、また一度公開終了した映画館での再映も8月くらいから多数予定している。「映画の真ん中だけでなく、端っこにもたくさんのドラマが潜んでいます。それを確かめにまた足を運んでいただけたらありがたいです」と片渕監督。
この日会場に訪れたカトリック信徒の女性は、「この映画はキリスト教について直接語っているわけではないが、監督の『どこにでも宿る愛』という言葉を聞いて、この作品がカトリック映画賞を取るべくして取ったのだと感じた」と感想を語った。