被爆71年を迎えた広島市内では5日と6日、キリスト教諸団体によってさまざまな催しが行われた。
5日午後5時半には、原爆投下地点の間近にある平和記念公園の中の原爆供養塔の前で、全国から集まった日本聖公会とカトリックの信徒、聖職者による「合同の祈りの集い」が行われた。
日本聖公会九州教区の武藤謙一主教は、次のようなメッセージを述べた。
「今日、共に平和行進ができることを感謝いたします。広島、長崎の原爆から71年になろうとしています。その間、多くの先輩の聖職、信徒の皆さんが世界の平和を祈り続け、行動し続けてきたと思います。そのような祈りに支えられて今日の私たちの社会があります。しかし、この社会が本当に平和かというと、必ずしもそうではないことは、皆さんもご存じだと思います。日本の社会でいえば、戦争法案といわれるものが可決され、これから憲法そのものが変えられていくかもしれないという危機感を、多くの人が感じています」
「あるいは、先日相模原で悲しい事件がありましたが、本当に一人一人の命がかけがえのないものであるということが崩れていくという危機感を感じます。また海外でも宗教や民族の対立による紛争が後を絶たず、テロが世界各地で起きています。故郷を追われて難民として追われて行かざるを得ない多くの人たちがいます。決して平和といえない現実があります」
「そういう今だからこそ、私たちは主イエス・キリストの永遠の命を頂く者として、主イエスの福音に立って一人一人の命が大切にされ、命と命の絆が強く結び合わされ1つとなって、共に生きる世界の実現を共に祈りたいと思います。そして、それぞれができることをしていきたいと、あらためて自分の使命として心に刻むことができたらと思います。主の平和の実現を皆さんとご一緒にお祈りいたしましょう」
その後、原爆投下後、多くの人が水を求めながらこの場所で亡くなったことを悼み、献水がささげられ、原爆供養塔前から、幟町のカトリック平和記念聖堂まで、平和を求める訴えを掲げながら「平和行進」が行われた。
午後7時からは、世界平和記念聖堂で「平和祈願ミサ」が行われた。今年は教皇フランシスコにより、全世界のカトリック教会は「いつくしみの特別聖年」とされており、その公式賛歌である「いつくしみ深く 御父のように!(Misericordes sicut Pater!)」が入祭の歌として歌われた。
この日のミサでは、フィリピの信徒への手紙4章とルカによる福音書10章が朗読された。
「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう」(フィリピの信徒への手紙4章4~7節)
「その後、主はほかに七十二人を任命し、御自分が行くつもりのすべての町や村に二人ずつ先に遣わされた。そして、彼らに言われた。『収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。行きなさい。わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼(おおかみ)の群れに小羊を送り込むようなものだ。財布も袋も履物も持って行くな。途中でだれにも挨拶をするな。どこかの家に入ったら、まず、「この家に平和があるように」と言いなさい。平和の子がそこにいるなら、あなたがたの願う平和はその人にとどまる。もし、いなければ、その平和はあなたがたに戻ってくる』」(ルカによる福音10章1~6節)
その後、今年6月に広島教区の新司教に任命(司教叙階式は9月19日)された白浜満(被選)司教が平和を求めるメッセージを訴えた。
午後8時半からは、韓国から訪れた若者と共に「テゼの祈り」がささげられた。
6日は朝6時15分から、平和記念公園の原爆供養塔前で「宗教者平和の祈り」が行われ、仏教、神道、キリスト教などの宗教者が集まり、原爆犠牲者を思い起こして平和を祈った。
8時からは平和記念聖堂で、「原爆・すべての戦争犠牲者追悼ミサ」が行われた。原爆投下時刻である8時15分には、聖堂の鐘が鳴らされ、会堂の人々は沈黙して祈りをささげた。
また、ミサ後、ローマ教皇庁正義と平和評議会議長室のミハエル・チェルニー神父が、教皇庁の同評議会を代表してメッセージを述べた。メッセージは以下の通り。
「広島と長崎への原爆投下の悲劇を毎年思い起こすことは、常に大切な恵みです。私はこの日を思い起こしつつ、ご臨席の皆さま、日本の教会、そして日本の全ての人々と共に連帯と希望のために心から祈れることを、とりわけ光栄に思います」
「キリスト教の多くの教派が千年以上もの間、『主の変容の祝日』を祝ってきました。『主の変容』はキリストの栄光を明らかにし、イエス・キリストに聞き従うことを応答として求めます。キリストの栄光が明らかになるのは、キリストが御父の御旨に完全に従い、愛でありいつくしみである神の栄光をご自分の人間性に映しておられるからです」
「8月6日は、国連であの有名なスピーチを行った教皇パウロ6世が36年前に亡くなられた日でもあります。『もう2度と互いに敵対してはなりません。決して再び敵対してはなりません。もう2度と戦争をしてはなりません。決して戦争を繰り返してはなりません』。福者パウロ6世の取り次ぎによって、原爆と世界中の戦争とテロの犠牲者のための祈りを、神が聞き入れてくださいますように。これらの重大な出来事を記念する2016年第71回原爆投下記念日は、他に類を見ない特別な祈りの機会となるでしょう」
「神の摂理によって、この日は教皇フランシスコによって制定された『いつくしみの特別聖年』の期間中にあります。この聖年は、人生の罪深く、悲しみに満ちた時を振り返る機会を私たち一人一人に与えてくれます。この聖年は私たちを打ちのめし、絶望に陥れるためにあるのではなく、赦(ゆる)しと癒やしをもって神の愛の恵みが注がれるためにあります」
「天の御父は、私たちを愛していること、またご自分の命を私たちと分かち合おうとしておられることを繰り返し伝えるために、ご自分の心の扉を常に開けたままにしておられます。・・・教会は、いつくしみを告げ、イエス・キリストの啓示の中心としてそれを生きることによって、何よりもいつくしみの真の証人であるように招かれています。三位一体の中心から、神の神秘の最奥から、いつくしみの大きな流れがほとばしり、絶えることなく流れ出ています。神が私たちの全ての罪、争い、失意をご自分の『いつくしみの大きな流れ』で洗い流してくださるよう、今日とりわけ祈ります」
「71年前の原爆投下を記念するに当たり、いつくしみの特別聖年と『主の変容の祝日』が私たちを力づけ、教え、導きますように。それらは、御父が私たちの心を満たそうと切望しておられる、いつくしみに向けて私たちの心を開きます。私たちが出会う全ての人と信仰共同体、社会、団体に、赦しと和解、連帯、希望の恵みが注がれますように。イエス・キリストの御名のもとに、いつくしみの母である祝福されたおとめマリアの取り次ぎによって、あわれみ深い御父に共に祈りをささげましょう」
そして夕方6時からは、同聖堂の隣にあるエリザベト音楽大学同窓会による「原爆犠牲者のためのスピリチュアルコンサート」が行われ、ガブリエル・フォーレ(1845~1924)のレクイエムの演奏が行われた。
同音大は戦後、カトリック幟町教会のベルギー国籍のエルネスト・ゴーセンス神父が「戦後の殺伐とした社会に少しでも音楽による慰めが与えられるように」という願いを込めて1947年、教会の敷地に音楽教室を開設し、翌48年に「広島音楽学校」となり、52年にエリザベト音楽短期大学として開校した。
1954年に同教会に国内外からの支援によって「世界平和記念聖堂」が建設され、献堂式で死者のためのミサ曲、鎮魂歌であるフォーレの「レクイエム」が演奏され、その後も毎年8月6日に同大学全学生によって演奏され続けてきたが、いつしか途絶えてしまっていた。卒業生や市民からの強い申し出があり、2004年から再び8月6日に演奏が開始され、今年で13回目となる。
会場には、キリスト教各派の信徒のほかに、地元市民も詰め掛け、セミの声が響く中、71年前のこの日を思い起こしながら、死者のための「レクイエム」に耳を傾けた。