宗藤尚三さんは1927年広島生まれ、今年89歳になる。戦中は広島呉の海軍工廠で働き、1945年8月6日、爆心地から約1・3キロ地点の実家で被爆した。その後、キリスト教の洗礼を受け、1949年に東京神学大学に第1期生として入学。27歳で日本基督教団の牧師となり、その後は、被爆体験の証言や核兵器廃絶、憲法9条を守る運動、そして宗教者の立場から平和を訴える活動にも尽力し続け、現在も広島宗教者九条の会代表世話人、日本宗教者平和協議会常任理事や、「サヨナラ原発広島の会」運営委員長を務めている。
「被爆しながらも、なぜ自分が生かされているのか?」が信仰と牧師としての活動の原点だという宗藤さんは、『核時代における人間の責任―ヒロシマとアウシュビッツを心に刻むために』(ヨベル、2014年)、『心の内なる核兵器に抗して―被爆牧師のメッセージ』(キリスト新聞社、2010年)など多くの著作がある。
オバマ米大統領が広島を訪問した歴史的な日となった5月27日の翌日、宗藤さんが住む広島市安佐北区を訪ね、話を聞いた。
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—昨日、テレビでオバマ大統領のスピーチを聞いてどうお感じになられましたか?
テレビで見ていました。複雑な思いですね。現職の大統領が広島を訪問するのは初めてですから、世界に与える反響というのはそれなりに意味があると思います。核廃絶への道程やメッセージをプラハの演説の時と同じように「推進していく」という決意をもう一度表明されることを、広島の人間は皆期待していました。謝罪をしてほしいとは私は思っていませんでした。
原爆が投下された歴史的な背景を考えていくと、やはり日本の軍国主義によるアジア侵略や太平洋戦争という無謀な戦争を始めたこと、あるいはポツダム宣言の締め切りが8月3日までだったのに受諾を遅らせて、国会で一億玉砕本土決戦ということを総理が言ったということが原爆投下の一つの導火線になっているわけです。
そういう意味で、日本の加害者としての責任が背後にあるということを無視して、ただ原爆投下を非難することは、私らの気持ちとしてはできない。だから、謝罪をする必要はない。でも、NO MORE HIROSHIMA、再び戦争はしない、原爆は使用しないということを推し進めてほしいということを期待していたわけです。
それがどうだったかというと、17分間の演説の中で、核廃絶ということは困難であって、私たちの生きている間はないだろうと言った。そして具体的な推進するプロセスや提案もなかった。ジュネーブでの核兵器禁止条約の作業部会に核保有国として出席しないというように全く意欲がない。
また、核廃絶と言いながら実際には1兆ドルの核兵器開発費を予算として承認している。新しい形の「スマート」な核兵器を開発し製造している。核兵器をなくすより逆行しているのが現実にあるわけです。オバマさんに何か期待することはとてもできないのではないかと思います。
私は、核という抑止力によって平和を維持するという考え方は根本的に間違っている、それはただの安全神話だと思っている。核を持っているということは使用するために持っているわけであり、使用するぞと言って威嚇しているわけです。
事実、国際司法裁判所でも、「一国の存亡の危機に直面した場合に核兵器を使用するのが違法とはいえない」と判断している。自衛のために核兵器を使用するのは違法とはいえないという世界の通念があるわけで、そこで核兵器を保有していて使えないということはない。自衛という大義名分が立てば使うことができるとして持っているわけです。
そういう危機的な状況の中で人類は生きているんだということを考えざるを得ないです。一発でも原爆があれば、いつでも使えるわけです。そういう意味で核廃絶以外に道はないというのが私の立場です。
—今年に入ってからも、核の使用が現行憲法上可能かという議論の中で「核を絶対に使えないわけではない」と言っている。そこに齟齬(そご)を感じます。
安倍さんは核の傘の下で日本が平和を維持するという軍事同盟関係を結んでいるわけで、その安倍さんが広島に来て「過ちを繰り返しませんから」と原爆慰霊碑の前で発言したり演説したりするのが奇妙なことなわけです。
過ちを繰り返さないために平和憲法ができて憲法9条を作り、戦争を放棄するということを誓ったわけです、こういうことが2度とないようにと。その憲法9条を否定するような総理が、あそこで見栄をはって米国との同盟関係を言うのは、被爆者としては全く受け入れられないです。
—誰でも気付くことですが、アメリカが原爆を投下したという「主体」について触れる言葉はありませんでした。
米国の最高司令官なので、その立場からはその言葉は言えないわけです。もしそれを言って核禁止条約を結ばなければ、言っていることとやっていることが真逆になるわけですから。謝罪を言った途端に核抑止力がなくなってしまうわけですから、最高司令官として言えないという気持ちはよく分かります。
けれども、世界の核保有国がそろって核を削減していくということは困難だということを、私たちは70年間見てきたわけです。今またアメリカとロシアが対立しています。シリアの難民問題もロシアがアサド政権を支持して、アメリカが反アサド派を支持するという構造なわけで、シリア一つを見ても米ソの対立が非常に先鋭的になっています。
米ソの緊張関係がなくならないと恐らく米国も一方的に核を削減することはできないでしょう。核削減も全く進んでいないし、ロシアのプーチン大統領はクリミアで核を使用する準備はできていると言っている。核に対する緊張感はむしろ高まっているというのが現実ですね。
—朝日新聞の国際欄では、ロシアがオバマ大統領の演説に「謝罪の言葉がない」ことを批判したという記事があり、なんとも表現しようがない皮肉を感じました。宗藤先生として今回の演説に意味があると感じられたのはどこの部分ですか?
特別に核兵器による悲惨さというのは言わなかったけれど、戦争というものが世界中に広まっていって子どもたちが悲惨な状況に置かれている。NO MORE WAR、戦争のない世界をつくらなければいけない、貧困と飢えと苦しみの中にある子どもたちが平和に暮らせるように、人類は皆家族なのだと言っているところはその通りだと思います。
核兵器の問題というより、今の戦争と飢えと飢餓をまとめて、戦争のない争いのない世界をつくりたいと言ったのはそれなりに評価していいと思います。でも、特に広島に来た以上は、核について特化した提案があってもよかったと思います。一般論として戦争と平和の問題について言ったことはその通りだと私は思いますけれども。
—被爆者と同時に、朝鮮半島出身者の被爆者、米国人捕虜についても言及がありました。韓国の新聞はそれを高く評価していました。一方で韓国人被爆者の慰霊碑を訪ねなかったことは批判していました。
それはやはり広島に来る前から韓国人被爆者の方々はそのことをはっきりとしてほしいと要望し、代表も日本に来て働き掛けていたので、演説でも触れざるを得なかったのだと思います。ですから、それなりに朝鮮半島出身の被爆者に配慮したのだなと思います。広島では3万人、長崎では1万人の朝鮮半島出身の方々が死亡したといわれているわけですから、それは大きなことだと思います。(続きはこちら>>)
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