「こんにちは! どうぞよろしくお願いします」
満面の笑顔で取材に臨んだのは、1972年「ひなげしの花」で一世を風靡(ふうび)した日本の国民的大スターであるアグネス・チャンさん。数々の賞を受賞し、アイドル歌手、タレントとして大活躍をした。日本人で彼女を知らない人はいないであろう。結婚をして3人の息子をスタンフォード大学へ送り、教育ママとしても一躍話題となった。
さらに1998年からは、初代日本ユニセフ協会大使として幅広く活躍し、文化人として年間に幾つもの講演会を行っている。あらゆる世代から愛されるアグネスさんだが、2016年3月にユニセフ協会大使と兼任という形で、ユニセフ(国連児童基金)のアジア親善大使に任命されたことは記憶に新しい。今回は平和と愛について語ってもらった。
ユニセフのアジア親善大使として
貧困が多い地域は、戦争があったり、温暖化気候変動の影響を受けたりしている、主にアジアとアフリカに多いです。カンボジア、内戦が終わったばかりの東ティモール、中国の大地震、フィジーのサイクロンの視察も行きました。もちろん、3・11(東日本大震災)も現地に足を運び、一生懸命に活動しました。
特に印象深かったのはインドとカンボジア。インドはカースト制度による差別があります。この地は貧富の差が桁違いです。子どもの数も圧倒的に多く、ストリートチルドレンの問題も含め、深刻でした。児童労働、女性差別もあります。
あまり公表していませんが、ユニセフはインドに最も支援を注ぎ込んでいます。それだけ子どもが多い。世界の人口の8人に1人はインド人だと言われているので、これらを改善できれば、貧困問題を解決することができます。でも、本当に大きな問題です。
カンボジアは、長引いた内戦の影響で、戦後も貧困問題が改善されていません。子どもの人身売買がとても深刻で、何度も実際に見てきました。フィリピンはストリートチルドレンがとても多かった。農村より都市部の方が搾取されやすい状況です。原因や背景はそれぞれ違うけれど、アジアの中でも、これらの国はまだまだ助けが必要だと感じました。
私が務めているユニセフ・アジア親善大使は、アジアの視察だけでなく、このアジアに寄付をすることができる国、例えば、日本や韓国、香港、ニュージランド、オーストラリアと協力して、団体を通じ、世界に状況を伝えることが大事だと思います。
過去にアフリカ、中東にも行って情報を提供してきました。十何年この活動を続けてきて、皆さんと共に学んできたという気持ちです。行ってみなければ分からないことばかり。行かせていただき勉強にもなるし、本当にうれしく思います。
アグネスさんにとって平和とは
平和は子どもを助けるための最低条件です。戦時中の子どもは本当に厳しい状態です。そのような国は、戦争が起きるとすぐに悪い方へ逆戻りします。大人の都合で戦争が起きて、そのツケは子どもや弱い人に来るでしょう。彼らは何も分からないまま家を失い、学校へ行けなくなり、環境が悪いから病気で死ぬ。絶対に起きてはいけない。戦争以外の手段で解決をするべきです。
人間って進歩をしてもなかなか平和を保つことができないでいます。争いを続けていますね。戦争は貧困の連鎖、戦争が多い国の子どもは皆、貧しく不安定です。これは大人へ成長しても繰り返します。環境が悪いままなので病気も蔓延(まんえん)します。悲しいですが、戦争が終わっても死亡率は下がりません。繰り返しの構造ができている。やっぱり、人間は愚かだなあと思います。
今、世界で難民は6千万人以上います。驚きましたが、日本の人口の半分の人が国を失い、外国に住んでいる。しかもこれは、避難民の数を考えていません。こう聞いてもパッと数が想像つかないですよね。自分の家に帰れない。本当に深刻です。
日本はとても恵まれています
身近に感じないけれど、日本は恵まれているということです。戦後70年、他の国は何かしら戦争をしている。アメリカは何度も他国の紛争に介入しているのに、日本は戦争をしていない。そう、日本はすごくないですか! 中国や隣の韓国もまだ解決できない問題があります。これは、本当に特別なことです。考えれば考えるほど恵まれています。
平和のために日本の子どもたちができることは、「世界を知ること。現状を知って自分なりに考えること」。これがスタートです。人から聞いたままや、言われたことを鵜呑(うの)みにしない。自分で考えてください。
どの時代も好戦的な人はいます。プライドが高い人もいます。若い人は特に戦争について知らないし、その親も戦後生まれですから分からないわけです。じゃあ、戦争と平和を考えるときに、結果としてどういう事が起きて、暮らす人々に影響を及ぼすのか・・・。将来にどう響くのか。自分たちと比べて考えていく。
考えた末に戦争を選んだとしたら、民主主義という意味では理解できるけれど、何よりも自分が賢く、洗脳されないようにすること。大人は情報を提供できる立場になりたいです。知る権利はあります。子どもは自分で調べて、どういう未来が欲しいのか考えたい。子どもだからできないことはない。子どもだからこそできるのです。
歴史的にも、現代から未来まで同じことが言えるのですが、「平和は成長をしていくためのキーワード」ということです。家庭教育、地域、学校で平和を通して学び、教えることはすごく良いことです。私は平和を通して本当にいろいろなことを学びました。
初の中南米地域グアテマラの視察を終えて
グアテマラ(中南米)の搾取制度は今も残っています。6割もの土地を1パーセントの人に抑えられている。必要な物が行き渡りません。もとをたどれば、この問題も、戦争を仕掛けて侵略した外部によるものです。何百年も変わっていません。
先住民の方は発育障がいで背がとても小さいです。女性は29歳の成人で135センチ。これは日本の小学5年生の平均身長です。逆にアメリカ在住のグアテマラ人は背が大きいですから、これは明らかに栄養面の問題です。ある人たちは、問題があるにしても、それは貧富の差だと言いますが、差があるのは、もともとは争いがあったからです。
クリスチャンであるアグネスさんの願い
1967年に香港のマリー・ノール・シスターズ・スクール在学中にYCS(キリスト教救済事業団)に入って、ボランティア活動をしました。12歳の時です。歌を通じ、チャリティーコンサートにも参加しました。そこから自分の活動は広がっていきました。
生まれながらにクリスチャンでした。母はカトリックを信仰していました。中国から移住し、当時の香港は生活が貧しかったです。献身的なYCSのシスターの影響を母は受けて、聖書を勉強し始めました。6人いる兄弟全員が洗礼を受けて、最後に父親も神様を信じました。愛の輪が広がったのですね。
特に私は新約聖書が好きです。強さや力に頼るのではない。イエス・キリストは、大切なのは「愛」と教えています。イエス様はどんな人でも愛されます。隣人愛という意味は、隣人じゃなくても皆が兄弟という意味です。
では、神様を愛するためにどうすればいいのでしょうか。クリスチャンは神様を愛していますから、同じように弱い人を愛しましょうねと。これは唯一の方法です。ですから、この教えは大好きです。この教えを心の中にずっとしまっているから、間違った道を歩まないのだと思います。
どこまで愛を信じることができますか。自分が愛されていることを信じて、人を愛する力を持っていることを知って、自信を持ってほしいです。「愛する力が私にはあるのだ」という神様からの素敵な教えです。こんなにひどい私でも、神様は愛している、弱くても、人は生まれながら愛をもらっているのだと、そして神様を愛する気持ちがあれば立ち直れるのです。
だから、人生は無駄がないということですね。目的を持てない若者が多いですが、この「愛」はお金も要りませんし、強さも要らないのです。学歴も人種も全く関係がない。生きていれば自分も人も愛せて、神に愛される。性別も関係ない。誰にでもできるのです。
自分の性格と趣味について
私の性格は・・・性格はねえ・・・(笑)。物事をいろいろと決められないような感じかな。すぐ意見を聞きたがる。「この服はどう?」とか(笑)、「えい!」と決められたらいいのになぁ、と。
自分には弱さがありますから、人を頼ります。自立できていないけれど(笑)、良いのかなあ。私は他の人が自分より賢いと信じていますし、年上でも年下でもその人から学ぼうと心掛けています。だから、何でも意見は聞いた方がいいかなと思う。こんな性格ですかね。良い事かどうか分からないけれど・・・。優柔不断なのかな?(笑)
趣味は本を読むことが好きですね。ピラティスエクササイズもやっています。でも、やっぱり年を重ねるほどに、自分は歌が好きだなあと思うようになりました。自分1人で歌うことも大好きです。ギターを弾きながら、やっぱり自分は歌手なんだなぁ・・・歌が原点だなぁ、と思い返します。子育て中は特に仕事以外では歌うことはなかったけれど、気付くと歌を口ずさんでいることに気が付きました。
男性の家事育児 イクメンを応援したい
男性の主夫は本当に上手ですよね! 私の夫を見ていても子育て上手です。悔しいけれど(笑)、料理も得意だし片付けもきちんとします。もちろん、母性は別の問題ですが、母乳が出ないくらいで(笑)、子育て上手だなぁと思います。良いことが浸透することはうれしいです。
イクメンをやると、まずパパとして実感が湧きますね。子どもの成長を知り、満足感と命の愛おしさを感じると思います。このようなパパを見て、女性は幸せな気持ちになります。両親が共に子育てをすることは、子どもが倍の愛情を受けるので豊かな人間に育ちます。
イクメン大好きです! ぜひぜひ、やってください。やらないと人生の損ですよ。男性の人生は仕事だけではないですからね。今は女性も仕事ができる世の中です。まだ不平等かもしれませんが、キャリアのある女性は大勢います。夫婦が一緒になって家計の金銭的な責任を持つことは、最も平等で幸せではないでしょうか。確かに、向いている、向いていないはありますが・・・。家事に向かない女性もいますよ(笑)。うまく組み合わせてやるといいと思います。
私たちは愛に生まれ愛に育つ アグネスさんの夢
私の夢は、そうですねえ・・・今、人類はターニングポイントに来ています。AI、コンピューター技術の向上、さらに遺伝子解明、全てが飛躍的に変わっていくことでしょう。そうなると、人間ができることの幅が広がります。今、努力している運転や家事も、未来ではやる必要がなくなると思います。
では、私たちは何をするべきでしょうか。50年後、100年後は、劇的に世界は変わっていることでしょう。自分が理解できない世界に生まれ変わるでしょう。そのような時代だからこそ、「平等に恵みを受けられる世の中」になっていればいいなあと願います。ちゃんと、皆の声が聞こえる、幸せに暮らせる世の中を今から着手して作っていきたいです。世の中、皆さんが幸せになってほしいと願う人の方が多いです。声を拾い上げていくのです。チェンジする時に来ています。
この間、失う物もたくさんあるし、地球資源も減るでしょう。そうなると人って心が狭くなるから、争いは増えると思います。原点に戻り、「僕たちは愛に生まれ、愛で育つ」。これをどう納得してもらえるかです。愛は抽象的な表現だから、そこにはいろいろな壁があると思いますが、恐れないで、つまずいても、イエス様が歩まれたように捨て身で説明をしていくことですね。そうすることで、人類の将来は変わっていくと思います。
日本の小学生へ アグネスさんよりメッセージ
日本は競争が激しい国です。学力を注視しがちですが、まず自分を信じて、生まれてきた理由があることを知ってください。自分のことを好きになってください。勉強も毎日の生活も楽しんでほしいです。人間って1人じゃない。
日本語で好きな言葉があります。それは「おかげさま」です。私たちは、人に支えられて生きています。恵みを受けているから感謝をしよう、そして恩返ししようという心を表す言葉です。反対にね、感謝がないと、いつも不満ばかりだから、何かを欲しがる人生になってしまいます。
もう1つは「無我夢中」という言葉です。一生懸命に、このようになりたいと生きる。何も好きなことがないと人生つまらないですよね。好きなことに向かってキラキラと生きてください。
取材を終えて
アグネスさんは現在、歌手・エッセイスト・教育学博士として多忙な日々を送っている。芸能活動のみならず、近年は文化人として講演やボランティア活動にも精力的に取り組んでいる。
15歳で来日し、日本語が全く話せない中、ローマ字で台詞を書いてステージ出演をこなしていった。1972年「ひなげしの花」で日本デビュー。大ヒットし、一躍アグネスブームを起こす。「香港の妖精」の愛称でアイドル歌手として多くの人の心を魅了した。
今回のインタビューは事前に原稿などを用意したわけではなく、メモも一切用意されていなかった。第一印象は「謙虚」というイメージだ。彼女が世界の貧困や愛について語るとき、小柄だが、全身から情熱や強い思いがみなぎっていることを強く感じた。
何度も何度も現場に足を運び、現状を見ているから話せるメッセージなのだろう。多くの葛藤と試練、自身の大病を経験しても「私は愛されているので怖くない」と語るアグネスさん。その存在感はデビューから今日まで44年間輝き続けている。「私は子どもたちのために今の活動をずっと続けます」。そう力強く語る姿が心に残った。