小野塚勝俊(おのづか・まさとし)氏は、2009年から12年まで衆議院議員を務め、現在は公職に就いていないが、地元を中心に政治活動を続ける。今回は、政治への思いと立教大学在学中に学んだキリスト教の精神、一人一人を大切にする経済のプロとしてのコメントを中心に話を聞いた。
小野塚氏は今の政治に対し、「明らかに国益が優先されています。もちろん、国益は大事なことですが、個人を大切にすることがもっと大切なことです」と語る。
豊かで幸せになることが一番の主義
「民進党はそんなに複雑なことを掲げているわけではありません。豊かで幸せになること。分かりやすい政策です」と説明する。幸せとは何を意味するのか。この点について、最も気になる安全保障から聞いた。
「与党は暴走していて、怖さを感じる。本来は戦争の反省に立って憲法を作った国ですから、国民は戦争の臭いがすると大丈夫かと感じるのは当たり前のことです」。国民の納得を得られていないのが現状だと小野塚氏は指摘する。
小野塚氏は「平和ブランドを守るべき」と強く主張した。「日本という国は本当に特別で、経済大国でありながら核兵器はないし、自衛隊は『軍』ではなく攻め入ることをしない。世界中で日本だけです。こんな立派で誇るべきブランドを曇らせるような安保法制は、70年間の戦後の歴史からみても非常にもったいないことです」と話した。
安保法制への警鐘
「日本の安全をどう守るかはきちんとするべきです。そこは大事だと思います」。北朝鮮や近隣国との有事についても「何もしない」というのは大きな間違いだと話す。「民進党は重要影響事態法の改正や、領域警備法の制定を提案しているくらいなので、この問題にはきちんと向き合っていきます」
何より憲法違反という点について、国民にもっと気が付いてもらえればと語る。「憲法は権力を縛るものであり、総理大臣、大臣、権力者を主権者である国民が縛る、これが立憲主義です」。今の政治がこの立憲主義に反していることは明確で、国民が主役ではないと警鐘する。
日本の歴史は40年ごとに大きな変革があると小野塚氏は分析する。「日本は40年かけてもろもろの戦争を続け、敗戦に至りました。40年後の1985年にはプラザ合意、一気に経済向上です。その40年後の2025年を考えると、10年間は経済が下がり続けるかもしれません」。これを何とか防ぎたいと小野塚氏。この経済観とノウハウは、日本銀行で最前線にいただけに説得力がある。
日本の行く末が平和であることを望む姿
「物事に絶対はない。特に歴史には」と語る小野塚氏。「現政権はこの法案で戦争はしないと約束をしていますが、誰も先のことは分かりません。5年後、10年後の世界がどう変わるか、予測はつきません」。だからこそ、憲法は大事だと訴える。「今は戦争をしないから大丈夫」では、政治家としての務めを果たしていないと考えるからだ。
この法案について、より詳しく専門的な解説をお願いした。「戦闘中には現地に入れないが、終戦(終息)になれば自衛隊は現地にすぐにでも派遣されます」
終戦宣言をしたイラク(湾岸戦争)を考えると分かりやすい。米国がイラク軍の全ての権限を剥奪した宣言下で、ゲリラにテロ、宗派争いによる戦闘は激化していった。
今も危険が続く混沌とした地域だが、そこに自衛隊が現地で支援活動を行うことと同じだ。当然ながら無傷で帰れない。火ぶたが切られれば戦火を交えることになる。これが今の政権の安易な落とし穴だと主張する。
これで日本は平和なのだろうか。「首相も本音では危険なことになると十分に分かっている。過去の例を見ると、戦闘地域には敵と味方が必ず存在する。何より米国の同盟国は日本です。戦争を一番している国と一緒に現地入りすることは極めて危険だ」という。
憲法改正を、こんなに多くの人が良いと思わず不安を抱いているのに、なぜ急ぐのか。「政権は、戦前の日本国家のように海外へ軍を出せる強い国になりたいのです。経済と軍事力でよりマッチョを目指しているように思えます」
個人を大切にする小野塚氏の政策だが、やはり平和は自身のビジョンの1つだ。
小野塚氏は日銀で12年間勤務し、国会担当をしていた。お金のスペシャリストである。本当に経済難で苦しむ経営者の中には、自殺する人もいる。痛ましい状況を散々目にしてきた。
「どうしたら苦しんでいる方たちを楽にしてさしあげられるのだろうか」。自問自答した日々を振り返る。国会担当となり、実際に議員たちが日夜、国民のために大変な課題に真摯(しんし)に取り組んでいることを期待したものの、全く逆の現実を目の当たりにする。形だけの会議、パフォーマンス。「本当にこれでいいのか」。残念の一言に尽きたという。
「国民と共に進みたい」という信念は強い。経済を語らせると小野塚氏の右に出る人はいないと言われるほど、その講演は評判だ。議員時代は経済問題だけではなく、地元の基地問題や道路、インフラ、所沢では大きなニュースとなった小学校へのエアコン導入を進める働き掛けなど、生活者の「暮らし」に反映できる政策を次々に実現化させた。政治家として、決して諦めない「信条」を貫き通す。
学生時代に触れた聖書への思い
小野塚氏は、「政治家は日本の繁栄と世界の平和を求めていく。それが一番の仕事です」と語る。世界へ援助を通して貢献していく。日本の役割の1つに「非キリスト教国である日本だからできる大きな役割がある」と説く。この頃注目されている「仲介国」としての日本の立場である。
聖書についてはひと言で「博愛に満ちている」と表現する。小野塚氏は、保育園がキリスト教主義だったので、小さい頃から聖書の話を聞きながら育ってきた。立教中学では週に1度「聖書学」の授業と礼拝が行われたが、聖書の試験問題もあったそうだ。「創世記(旧約聖書)から新約聖書までとにかく勉強しましたね」と当時を振り返る。
実習で特別養護老人ホームへ出向き、「貢献したい」という気持ちが芽生えた。それを機に、海外へ支援物資を送るボランティア活動に挑戦し「相手を思いやる精神」を学ぶことができた。今は、福祉の面でキリスト教のネットワークや宗教者とのつながりも大事にしていきたいと話す。
所沢市では、長年続く市民クリスマスという音楽事業がある。地元のキリスト教会が中心となってYMCAなどの支援を受けながら、純粋に地域に平和や愛を伝えたいと、23年間行ってきた。
昨年はこのコンサートに参加し、最前列で元気よくゴスペルを歌った。「小野塚さんが一番楽しそうに歌っていた」と参加者から言われたほどだ。お祭りやイベントにも足しげく通い、地域との一体化を図っている。
家族を大切にする父としての存在
日頃は「妻とはいろいろなことを話す」という。「彼女は冷静な感覚で時に自分を冷やし、時にさまざまな刺激を与えてくれる大切な存在」だという。夫婦が1つになって政治に取り組む姿は希望だ。
2人の子どもがいて、家族仲良く過ごしている。保育園の問題や身近な課題は全て把握しているのも強みだ。水泳で鍛え抜いた精神が自慢の43歳。好きな食べ物は「納豆、うどん、カレーライスですね」。満面の笑みで答えてくれた。
「日本の政治を変えたい」と話す小野塚氏の口から、他人への批判は聞かれなかった。代わりに熱く強い、自身の政策での勝負心が感じられた。経済を堂々と語れる人は少ない中で、小野塚氏の今後の活躍を期待したい。