一言一言に重みがある。旧民主党代表、経済産業大臣などを歴任した民進党東京都連最高顧問の海江田万里氏。背が高くすらっとした体形で、非常に温厚な印象を受ける。趣味を尋ねると「漢詩、字を書くことかな」と話すように、事務所内はさまざまな書で溢れていた。
そんな海江田氏に、宗教と地域平和をテーマに話を聞いた。
政治家としてのビジョン
「40代の時と60代の今だと、政治に対するビジョンは変わります」と話す。
「60代になって、自分がいなくなった後の日本がどうなるのか、深く考えるようになりました。日本に明るい未来があるのならいいが、客観的に考えて、当たり前が当たり前じゃなくなっている。僕には最後にやることがあるのだと思わされています。特に少子高齢化問題にはブレーキが必要」と海江田氏。
「全く元に戻すことはできないけれど、矛盾が拡大しないよう、世代間、格差間で争いがないようにしなきゃいけない」。特に格差については、自身の政策でも重点的に取り上げる課題だ。日本の社会を変えていくために必要なのは、仕組みを組み替えることなのだと語る。
取材前日にはベルギーの自爆テロがあった。「彼ら過激派組織『イスラム国』(IS)は十字軍との戦いだと主張しています。これは全く時代錯誤で、人類はこの間に進歩している。それを中世に戻して考えるのは、とんでもない間違い。西側の先進国に支配された歴史もあったが、共に乗り越えなければならない」と話す。
「この時代に宗教対立を煽るような考えをなくしていきたい。イスラムという宗教を消す、否定するのではなく、共に受け入れていくときではないか」
世界から期待される日本の紛争仲介役
「現代における宗教は、民族間の対立を乗り越え、平和、人々への貢献が根底にあります。宗教指導者同士の会議やローマ法王のような活動はとても大切なことで、平和をつくるために良いアクションであると思います」
「残念なことに、アジアは地域の平和という点で考えると、中東と違う紛争があることは事実で、そこから決して目を背けてはならない。特に信教の自由は世界の普遍的な人権であり、それを封殺することでも一つの紛争の火種となっていきます。宗教そのものがない北朝鮮ではまだ起きていないかもしれないが、中国では人権問題としてそのような動きがあります」と海江田氏は語る。
「特に信仰は内面のことだから、本来は誰も立ち入ってはいけない自由」。そこに立ち入ることが「人そのものを冒涜(ぼうとく)する行為」につながると主張する。
「人間本来の価値、重みを尊重すれば、本当は紛争なんて起きない」。戦時中、日本は赤紙を出し、大勢の若者を戦地に駆り出した。これは「人の命を軽く見ていたから」だと海江田氏は話す。「あの犠牲を忘れてはならない」
「一人一人が命の重みを認識し、宗教者が活躍していく中で、紛争も収まると思っています」。個人を尊重することの重要性を何度も強調した。
キリスト教との関わりと精神
自身とキリスト教との関わりについても語ってくれた。「私の母はカトリックでした」。ミッション系の学校で、小さいときからキリスト教と縁が深く、「今、母は天にいますから」と温かな笑顔で語った。
「宗教ごとに死後の世界(死生観)に対する考え方がありますが、クリスチャンは天に国籍があるので暗いイメージではないし、お通夜とは違い、別の生をまた生きるのだという明るい雰囲気があります」
それは、母親の葬儀を通して感じたことだという。「自分は今、クリスチャンとして何かをしているわけではないけれども、このような宗教的な心は大事だと思っています」
政治家としての思い
「今、政治家として最後のチャンスじゃないだろうかと思っています」。真剣な面持ちで、こう切り出す海江田氏。この国のシステムを変えるため、特に年金問題にはずっと取り組んできた。
「僕らの世代は、正社員で会社に入り、厚生年金で夫婦2人と考えてみると、月20万円もらっている人は少ないけれど、大体月16、17万円が年金で入る。いわゆる良かった世代の人です」
ところが、現在は非正規雇用者が多い。働く全体の約4割が非正規労働といわれる中、厚生年金に入りたくてもなかなか入れないという現実がある。
女性の非正規雇用者がこのまま20年働くとすると、国民年金の場合は深刻な生活苦に直面するという。「これは大袈裟(おおげさ)な話ではなく、現実です」と海江田氏。
「非正規の数をこれ以上増やさない。もちろん、生活のスタイルとして非正規で頑張っている方もいるけれど、中小零細企業などは本来、厚生年金に入らないといけないわけです。法人税を減税せず、このような現場の社員に厚生年金を保証できるよう、保険料の4分の1くらいを直接補助できるような仕組みをつくりたい」
「改革を5年くらいの間にしないといけないと思っています。医療も介護も、今話題となっている育児も同じです。日本は明治、江戸の時代から人を育てるためにお金を使ってきた国でしたが、今は人に投資しなくなったのではないか。OECD(経済協力開発機構)の教育への人的投資は、先進国で日本は最下位という点も懸念しています」
「万里」という名前
万里という名前について聞いてみた。「父が中国の古典が好きで、万里の長城にちなんで付けたのです」。その影響で第1外国語に英語、第2外国語にドイツ語、第3外国語に中国語を選んだ。中国語の日常会話はできるという。70年代、日中国交回復を機に夜学で中国語を勉強した。日本と中国は双方で努力をして良好な関係を築いていくべきだと主張する。
無私の精神
海江田氏は「無私(むし)の精神」を掲げている。震災後の原発事故当初に経済産業大臣を務めていたが、緊急事態の中で「私(し)の気持ちがあったら対応できない。損得だけを考えていては、肝心なときに何もできない」と当時を振り返る。
あの時から、無私という言葉を使うようになった。「政治家は極限状態の中で私があってはならない」。政治姿勢の核心に迫る言葉だ。
「今の政治は、何事も『国益』という言葉で片付けようとしている」と海江田氏。深く掘り下げると、実際は「国益」ではないことがあると警鐘を鳴らす。
寛容さから生まれる違いへの尊重心
「最近の日本社会は、寛容さがなくなってきている」と話す。「あなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」(マタイ5:39)というイエスの言葉を引用した。
特にヘイトスピーチが典型的な例だという。海外と日本では、立ち振る舞いが違うのは当然であり、そのために生じるいろいろな問題に対する寛容の精神が必要だと話す。「同意するかしないかは個人の判断だが、まずは耳を傾け寛容さをもって相手を尊重することが大切ではないか」
安保法制については、「日本の平和ブランドは、せっかく日本が70年間培ってきたもの。日本は特殊な国家だと某国の大使に言われたが、原爆被害を受けたのだから特殊でいいのですよと世界が一目置く、独自の平和国家になることを願う」と語った。
「なぜ安倍政権が安全保障法案に急いでいるのか分からない。昔はよく1内閣1仕事といわれたが、今はあれもこれもと手を出す時代。無理がありますよ。勢いで議論が雑になり、手続きが荒っぽくなる」と懸念する。
被災地支援についての思いも聞くことができた。「現地の声を聞いていかなければならない。まだまだ、約17万人が避難生活を余儀なくされている。帰れる人が帰れるまで、この問題は終わらない」
コミュニティーとして地域が再建され、助け合いの町、若い人とお年寄りが一緒に住める町、外国人と共生できる町など、村や町全体がモデルとなっていけるような復興計画の実現に意欲を示した。
「何事も相手を知ることから始める」。寛容という心を失いかけている日本社会に、無私の精神で向き合う政治家としての信念を強く感じた。
【訂正とお詫び】本記事掲載時、海江田万里氏が教会関係の幼稚園に通い、洗礼を受けていると伝えていましたが、誤りでした。お詫びして訂正いたします。(2021年7月28日)