1998年に初代日本ユニセフ協会大使に就任して以来、現在も精力的に活動を続けるアグネス・チャンが13日、東京都港区にあるユニセフハウスで、4月初めに訪れた南スーダン訪問の報告会を行った。
60年以上も内戦が続き、今もなお戦火におびえる子どもたちがいる南スーダン。2011年にスーダン共和国から、南部10州が独立。アフリカ大陸54番目の国家となる南スーダン共和国が誕生した。もっとも昨年、非政府組織「平和基金会」が発表した「世界で最も脆弱(ぜいじゃく)な国家ランキング」で首位となるなど、国民の生活は深刻な貧困にさらされている。
アグネス大使は、就任した翌年の1999年にも当時のスーダン共和国南部を訪れており、今回が16年ぶり、2回目の訪問。報告会では、南スーダンについて、「この国は、まだまだ若い」と強調。「『独立』した後、『自立』するには、まだまだわれわれの支援が必要だ」と何度も繰り返し、訴えた。
南スーダンの人口はおよそ1000万人。そのうち、200万人が難民、約23万人の子どもが重度の栄養不良に苦しんでいる。長く続いている内戦で、農業をはじめとする産業は荒廃し、自給自足はできない状態。また、制度が整わないため「出生届」が出ている子どもは全体の約3割程度とみられ、政府もはっきりとした人口を把握できないままという。子どもたちに年齢を尋ねても、「5歳くらい」と答えるなど、はっきりとした出生年がわかっていない子どもが多いのが実情だ。アグネス大使によると、ユニセフでは、約300人の職員を南スーダンに派遣しており、世界中に展開するユニセフの活動の中でも大規模なものの一つという。
今回、アグネス大使は、アラブ首長国連邦のドバイ経由で4月3日に南スーダンのジュバ国際空港に到着。翌日には、自衛隊PKO部隊のボランティアの方々と、親を失った子ども、また何らかの理由で親と離れている子どもたちが暮らす児童養護施設を訪問した。
5日には、同国ジョングレイ州で、元子ども兵士のリハビリテーションセンターを訪ね、15歳から18歳の少年3人に話を聞いた。そこで感じた彼らが兵士になった理由を、アグネス大使は「兵士になれば、とりあえず食べ物が与えられる。そして、武装して守ってもらえるという安心感があるのではないか」と推論する。その背景にある事情を、「南スーダンでは、お父さん、または両親ともが内戦のために亡くなった子どもは、全く珍しくない。むしろ普通のこと。両親を失った子どもは、次の日から、自分で自分の身を守らなければならないのです」と強調した。
また今回の訪問で、アグネス大使を含む視察団の一行は、民兵組織「コブラ派」の司令官と面会した。コブラ派は、以前は3000人もの子ども兵士を抱え、戦闘を行っていたが、今年に入り、ユニセフとの交渉により、1300人を解放した。解放された子どもたちには、兵服の代わりに洋服と靴、拳銃の代わりにリュックサックが支給された。
司令官は視察団に対し、「ユニセフが協力してくれなかったら、解放はしなかったと思う。彼らには、兵士としての生活から離れた後の『受け皿』が必要なのだ」と話したという。その時の印象を、アグネス大使は、「司令官は、とても良い人だと思った。でも、なぜ大人ではなく、少年を戦争に使うのかと尋ねずにはいられなかった」と振り返った。実際にそう質問したアグネス大使に、司令官は「私たちは、リクルート(募集)はしていない。子どもたちが勝手に入隊してきた」と答えたという。
アグネス大使は、「本来ならば、子どもからやってきたとしても、そこで止めるのが大人の役割では?」と報告会で自身の思いを吐露した。一方で、戦うことをやめた彼らには生活の術がないのも事実で、この「受け皿」を作ることが急務なのだ。
一行は、難民キャンプ、病院、衛生関連施設、水道などの施設を視察した後、7日にはジョングレイ州ボルにある、内紛で牧師らが殺害されたセント・アンドロ教会へも足を延ばした。南スーダンは、国民のおよそ80%がクリスチャンで、同教会も礼拝には、3000人から7000人の信徒が集うという、いわばメガチャーチ。そこを訪れたアグネス大使は、「これだけのクリスチャンがいれば、平和になっているはずなのに、内戦は長引くばかり。教会では、神様に感謝しながらも、戦いをやめることはしない」と残念に感じたことを明かした。
また7日間の過密スケジュールの中で、「グリーン・ステイト」と呼ばれ、情勢が比較的安定している西エクアトリアル州ヤンビオにある児童の一時保護施設「Children’s Trauma Center」も訪問した。ここでアグネス大使は、武装勢力「神の抵抗軍」から解放された女の子に話を聞くことができた。その女の子は10歳で拉致され、数年間、軍に監禁された上、レイプされるなど「性の奴隷」となった。15歳のとき、「心の中でどんなに憎んだか分からない」男性の子を身ごもり、出産、同施設に保護されたという。
女の子の話を聞いた感想として、アグネス大使は「彼女は『命令に従わなければ、殺される』という恐怖からは解放されたが、これからは、15歳で母親となり、自身の身と子どもの身を守っていかなければならないという不安の中で生きていかねばならない」とその胸の内を思いやった。
講演後、アグネス大使は本紙のインタビューに対して、「私はクリスチャンです。神様の愛は『弱い者を愛すること。決して見捨てないこと』。これをしないなら、私はクリスチャンではないです」と話し、今後もユニセフの活動に身をささげる決意を語った。また、「神様は、耐えられない試練は与えないとおっしゃっています。個人的には、今まで『困難』にあっても、それを乗り越えたら、それはもう『試練』ではなくなっていました。でも、私が大使として見た現場は、もうどうしようもない『困難』『試練』だらけなのです。それでも、諦めてはいけない。見た私には責任があると思います。引き続き、『自分にできること』を続けていきたいです」と熱く語った。