先日、高知刑務所のグループ教誨(きょうかい)の時間に救世軍の小隊長(牧師)が吉本健児さんという方のことをお話ししてくださいました。この方のユニークな人生にすっかり魅了されました。
吉本さんは4年前の2月24日に104歳で召されました。高知に長いこと住んでいながら、この人のことを最近まで知りませんでした。大抵の人は知っているようです。高知市の大丸デパートの近くで「成吉思汗(ジンギスカン)」(愛称・とんちゃん)という居酒屋を長い間経営されてきた方で、お店に来る人たちに原稿を書いてもらって「とんちゃん新聞」というものを33年間にわたって計100号まで発行し続けた人です。74歳で出版した『私の履歴書』なる本は高知県の出版文化賞を受賞しています。
1908年に高知県長岡郡に醤油屋の息子として生まれ、31歳の時に徴兵され、満州に送られました。その後、敗戦とともにシベリアに抑留し4年もの長い間極寒と飢えと病気に苦しみ、九死に一生を得て帰国。1954年に屋台でホルモン料理を始め、それから「とんちゃん」を開店。県内外の大衆に随分と愛されたようです。
実は、この方が高知市の救世軍の兵士(信徒)で、18歳の時に救世軍を通してキリストと出会い、後にシベリアで生死をさまよっているときに再びキリストと出会って奇跡の生還を果たしたのでした。高知で再び救世軍に所属するものの、禁酒禁煙を厳しく求める救世軍から、居酒屋を経営しているということで破門されてしまいました。
しかし、その後も救世軍の教会堂を移築するときに大きな力を発揮したのが吉本健児さんでした。後に救世軍から破門を取り消され、信徒として復帰を許されています。この人から生きる元気をもらったという人が大勢おられます。
「クリスチャンは自分の三尺四方を天国にしなきゃいかん」「失敗は人生の教科書」とは、吉本さんの口癖であったようです。明るい声と笑顔を見るだけで人が元気をもらったようです。世の光、地の塩として生きておられたのですね。
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