バス・ボイコット運動が成功するにつれて、白人差別主義者たちの妨害も激しいものになってきた。年が変わると、W・A・ゲイル市長は、「人種差別主義団体モントゴメリー市民会議」に加盟したことを正式に発表。白人側は公然と黒人の抗議運動をたたきつぶすために一連の行動を起こした。白人の会社や店の経営者たちは黒人の従業員に、キングとアバナシーたちがMIA(モントゴメリー地位向上協会)の資金を着服し、新車を買って乗り回していると言いふらした。また白人の有権者は年長の黒人牧師の所を個別訪問して、「あなたがたがボイコット運動の指揮をとってくれたら問題は解決するのです」と言って歩いた。会の分裂を心配したキングは、MIAを脱退する考えを明らかにし、代わりの人を推薦したが、全員が引き止めた。これに乗じて市当局は、新聞にうその報道をさせたが、黒人たちの結束は堅く、ボイコットは強化された。
市長のゲイルは、ボイコット運動が少しも衰えを見せないので怒り、テレビを通じてボイコットを非難。白人経営者たちに、ボイコット運動を助けることは一切するなと脅しをかけた。こうした大掛かりな妨害や嫌がらせのため、免許や生活の保障を失うことを恐れた黒人運転手の中から大勢の脱落者が出た。
これに乗じて、白人たちのやり方はさらにエスカレートした。彼らはひっきりなしに脅迫電話をかけてきた。最初、キングは単なる嫌がらせと思って気にせずにいた。しかし、彼らはプロのやくざを雇い、キングの家に集中して脅迫電話をかけさせたのである。そのうち妻や子どもたちはおびえ始め、次第にキングも精神的に追い詰められてきた。
そして、ある晩のことだった。彼の所に一本の電話がかかってきた。「いいか、黒ん坊。今週中にもお前はモントゴメリーに来たことを後悔するだろうぜ。万事手はずは整った。お前の家は木っ端みじんになるだろうよ」
彼の力は尽き、残る勇気はひとかけらもなくなってしまった。彼はしばらく頭を抱えていたが、やがて台所に行き、コーヒーポットを温めた。その時である。彼は今まで感じたことのないような聖なる方の臨在を心の中に感じた。その声は、こう言った。
「正義のために戦いなさい。恐れることはない。神は永遠にあなたに味方するだろう」。たちまち恐怖心は氷のように溶け去り、彼は心の奥底から新しいエネルギーが湧き出し、力がみなぎるのを覚えた。
それから3日後に彼の家は爆破されたが、彼は落ち着き払ってこの報を受けた。爆破のニュースはあっという間に町に広まった。家は跡形もなく崩れ、黒焦げになった残骸が飛び散る現場に消防士や警察、そしてゲイル市長までが駆け付けてきた。
「おまわりをたたき殺せ!」。そう叫ぶ者もいた。その時、キングは両手を挙げて彼らを静めて言った。
「みなさん、お静かに。武器を持っている人がいたら、家に持ち帰りなさい。暴力で仕返しをしても少しも解決しません。白人のきょうだいが何をしようとも、私たちは彼らを愛さねばなりません。私たちが彼らを愛していることを、彼らに知らせなくてはなりません。かつてイエスが言われたように『敵を愛し、あなたを虐げる者のために祈りなさい』という教えを守ること――それこそが私たちの生きる道です。憎しみには愛をもって報いなくてはなりません」
一瞬あたりは静まり返ったが、怒涛(どとう)のような拍手が湧き起こった。「あんたの上に神様のお恵みがあるように」。一人の黒人の老女が叫んだ。そして、一同は静かに去っていった。これは決定的瞬間であった。今やキングは、黒人運動の精神的指導者として、広くその名を知られるようになったのである。その彼の所にCORE(人種平等会議)の役員ベイヤード・ラスティンと、FOR(人種融和会)のグレン・E・スマイリーがやってきて彼のもとで働くようになったことは心強いことであった。
一方、白人市民会は執拗(しつよう)に反発を続け、州立コロシアムに2千人を超す人が集まった。ここでイーストラムという上院議員が、そもそも黒人は白人に隷属するように造られたのだから、すべての白人は生まれながらにして黒人を殺す権利と自由を与えられている――という演説をした。しかし、このような状況にあっても黒人が権利を求める運動は広がっていき、ついに11月13日、米連邦最高裁は、バスにおける人種差別を規定したアラバマ州法地方条令を違憲とする「差別停止命令」を出した。ここにおいてキングたちの運動は勝利に終わった。
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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)
1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。派遣や請負で働きながら執筆活動を始める。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。動物愛護を主眼とする童話も手がけ、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で、日本動物児童文学奨励賞を受賞する。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。編集協力として、荘明義著『わが人生と味の道』(イーグレープ、2015年4月)がある。