本書は、日本の原発や憲法の問題に対する危機意識の下に、時代認識と教会による宣教の使命について、5人の論者が行った講演を収録したブックレットである。
最初に、ジャン・カルヴァンの研究で知られる日本キリスト教会教師の渡辺信夫氏は、「権力に対する教会の闘い―宗教改革の事例より―」で、抵抗権という思想が深く培われるためには、どのような思想的土壌が作られていったかを考えたかったと述べている。
一方、「原発問題と死の商人」と題する講演文で、日本同盟基督教団の野寺博文牧師は、「死の商人」とは戦争によって金儲けをしている人たちのことであり、単に軍需資本家ではなく、財閥、官僚、政治家という政治権力と結びついた独占資本全体が「死の商人」となっていると指摘。「日本の民族エゴと、大資本家のエゴと、アメリカのエゴ」が脱原発の障壁となっているとするとともに、「『原子力の平和利用』という美名に惑わされてきた歴史」を振り返っている。
野寺牧師はさらに、原発建設を推進して来た国家権力にキリスト者と教会はどう対峙するか、という具体的な抵抗の方法までも提示している。
次に、同じく日本同盟基督教団の水草修二牧師は、「憲法と王と平和」と題する講演文で、「日本国憲法とその平和主義が危機に瀕している」として、このことについてキリスト者がどのように考え、祈るべきかを、旧約聖書の申命記に基づいて論じている。安倍政権の急速な軍拡へ向けた動きや自民党改憲草案を検証し、安倍首相が立憲主義を踏みにじっているとして、この時代にキリスト者が主イエス・キリストから何を求められているかを論じている。
「『思想信条の自由』と国家―東アジア宣教のコンテクストから―」と題する講演文を記した李省展(イ・ソンジョン)氏(恵泉女学園大学大学院人文学研究科教授)は、日常生活の些細な事柄の中にも、さまざまな圧力がじんわりと攻め入ってきているとして、「思想信条の自由」について、近代の中国や朝鮮、日本などの宣教という文脈で論じている。
最後は、憲法学者の笹川紀勝氏(国際基督教大学名誉教授)が論じる「アルトジウスの『共生』の思想をさぐる―日本の政治基盤とかかわって―」。改革派の教会の中で育てられたドイツの法学者、ヨハネス・アルトジウス(1563〜1638)は、「弱い一人ひとりを下にして人々が連帯して複数の共同体、すなわち社会を作り、その社会の連合体を下にして国家を構想し」、「君主制に反対であった」という。天皇制をめぐる日本国憲法の状況の中で育まれてきた個人尊重の文化に、キリスト教思想と適合する文化がかなり強くあるとして、そこに「私たちの努力が実る可能性」を見いだしている。
このような危機意識や国家権力に対する“抵抗”という認識、またそれらへの関心について、日本の教会は一様ではないかもしれない。しかし本書は、改憲の危機と闘う日本の教会にとって、抵抗の思想的基盤や歴史的背景と実践的な方法に関する問題提起という点で、160ページ弱のブックレットでありながら、一石を投じる本ではある。
『改憲へ向かう日本の危機と教会の闘い』:信州夏期宣教講座編、渡辺信夫・野寺博文・水草修治・李省展・笹川紀勝著、いのちのことば社、2014年10月1日発行、定価1200円(税抜)