13世紀の中世欧州で活躍した神学者、トマス・アクィナスの顔が、法医学の手法により750年余りの時を経て復元された。また、これと並行する死因に関する新たな研究により、以前考えられていたような病死や中毒死ではなく、頭部外傷に起因する慢性硬膜下血腫によって亡くなった可能性があることが分かった。
カトリックの教義に対するアクィナスの影響は計り知れず、代表作「神学大全」は、キリスト教神学における最も重要な文献の一つとなっている。アクィナスは、信仰と理性は対立するものではなく補完し合うものであると主張し、神の存在を論理的に証明する5つの「証拠」を提示した。その思想は神学の領域を超えて道徳を人間の本質と結び付け、自由と政府の権威に関する近代的概念を形成することで、哲学の世界にも影響を与えた。ケンブリッジ哲学辞典は、アクィナスを「中世で最も影響力のある思想家」と評しており、彼の教えは今日でもキリスト教信仰の基盤となっている。
今回、法医学の専門家であるシセロ・モラエス氏が率いる研究チームは、アクィナスの頭蓋骨の一部を用い、彼の顔をデジタル上で復元した。モラエス氏は英デイリー・メール紙(英語)に対し、次のように説明している。
「私たちはまず、写真によるデータと構造的なデータから頭蓋骨(全体)を復元しました。(残存する)頭蓋骨には歯も顎もありませんでしたので、これらの構造は、生きた個人の頭蓋骨のCTスキャンから得た測定値に基づいて推定しました」
正確性を確保するため、研究チームは解剖学的変形と呼ばれる手法を使用した。この手法では、生きた人間の頭蓋骨と顔の構造に、アクィナスに合わせるための調整を加えていく。
「最終的には、これらのデータを全て組み合わせ、この聖人(アクィナス)に関する図像学に基づき、彩色したものを含む胸像画を作成しました」。モラエス氏は、完成した肖像画は「謙虚な」顔で、偉大な神学者の性格を反映していると語った。
この他、アクィナスの死因についても最近、新説が発表された。歴史家たちは何世紀にもわたり、その死因について議論し、病死や中毒死、果ては暗殺説までもが唱えられてきた。しかし、医者3人と神学者1人が共同で執筆したアクィナスの死に関する新たな論文は、それとは別の見解を示している。
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医学系の学術誌「ワールド・ニューロサージェリー」に掲載された論文「トマス・アクィナスの死に関する妥当な歴史的・医学的説明」(英語)によると、アクィナスは慢性硬膜下血腫により死亡した可能性が高いという。慢性硬膜下血腫は、頭部に外傷を受けるなどした後、脳と頭蓋骨の間に血液がたまってできる。
歴史上の記録によると、1274年の第2リヨン公会議に向かう途中、アクィナスはラティーナ街道を旅している際、倒れてきた木に頭をぶつけている。この事故当時、彼は話すことができ、体調は悪かったものの深刻な病状は見られなかったという。しかし、ローマの南東約72キロの距離にあるマエンツァに数日とどまるうちに病状が悪化。近くのフォッサノバ修道院に移り、回復を待ったが、数週間後に亡くなった。
論文の執筆者らは、「慢性硬膜下血腫はほとんどの場合、軽度から中程度の何らかの頭部外傷が先行する」と説明。アクィナスの人生最後の数週間の記録を詳細に検討すると、比較的軽度の頭部外傷、症状が明らかな期間、血腫の拡大に伴う数週間にわたる症状の悪化という典型的な臨床経過をたどっており、慢性硬膜下血腫の可能性が高いと推定している。その上で、ラティーナ街道でアクィナスが木で頭を打ったことが彼の死の始まりであったと主張している。