激動の2022年は、ロシアのウクライナ侵攻に彩られた一年であったように思う。その火種は、今も国際社会に大きな影響を与え続けている。これに加え、今年2月に発生したトルコ、シリアでの大地震である。これらの戦争、天災は、どうしても私たちの目を欧州、そして中東へと向けさせる。
しかし一方で、私たち日本人にとって「近くて遠い国」である北朝鮮の動向は、決して無視できないものである。北朝鮮による拉致被害者の会のメンバーは高齢化しつつある。同じ日本人として、早期解決を求めたい。しかし、北朝鮮の実態を、メディアを通してしか知ることのできない私たちは、なかなか「生の声」を聞く機会がない。そうした中、とてもタイムリーな一冊が出版された。それが本書『だれを私は恐れよう 北朝鮮の刑務所で過ごした949日』である。
著者は、韓国系カナダ人のヒョンス・リム牧師。彼は北朝鮮で人道支援活動を行っていたところ、2015年1月に抑留されてしまう。そして17年8月までの2年7カ月間、先のことが全く分からないまま収容所に入れられていたのである。その間にリム牧師が体験した想像を絶するような出来事の数々、またリム牧師の目を通して見た北朝鮮の実態が、本書には書きつづられている。
日本訳で300ページ弱の本書だが、そこに書かれている内容は、文字通り「筆舌しがたい」エピソードばかりである。私も映画やニュースなどで「ある程度は」北朝鮮について知っていた(つもり)だったが、まさかここまでとは思わなかった。何度も涙ぐんで文字が読めなくなった。
本書は4部構成になっている。第1部は、3年近くに及んだ抑留生活が突然終わりを告げたことによる「とまどい」が真摯(しんし)に書きつづられている。その後、どんなプロセスを経てカナダへ帰国できたか、また帰国の報を聞いた家族や教会の人たちの反応も詳細に紹介されている。まずは「その場の感動」を書き下ろすことで、その背後にどれほど多くの人たちの祈りが積み上げられていたかを、読者が知れるようになっている。
第2部は、収容所内での生活についてである。ここでリム牧師が淡々と書きつづっている内容に、私は驚愕(きょうがく)した。いきなりこんな状況に追い込まれたら、果たしてリム牧師のような対応をすることができるだろうか。絶望が「背中合わせ」どころではない。四方八方、全てに「絶望のしるし」があり、それが日々自らをさいなむような状況である。しかし、リム牧師はそこに立ち向かっていったのである。御言葉をもって。
登場するのは人間だけではない(虫やトイレットペーパー、動物たちである)。第2部は、ぜひ自身の目で読み、その臨場感を体験してもらいたい。私は2、3日、これらのエピソードが頭から離れなかった。
第3部は、リム牧師が北朝鮮のために尽くした21年間がまとめられている。この中で、彼が携わった働き、特に人道的な支援について書かれている。言い換えるなら、「人道支援」という名目でなければ、牧師が北朝鮮に入ることは許されない。その中で、次第に北朝鮮という国家の本質を彼がつかみ取っていく過程が描かれている。第6章の「80万個のメガネ」と「2千人収容の銭湯」の話は、思わず「そうか・・・」と声に出して納得してしまった。そして、こうしたエピソードが他にも数多くあるのだろうと推察することができた。
そして第3部の終わりには、キリスト教の宣教師たち、資産家たちのエピソードが紹介されている。ここに、信仰によって立つ「信仰者」の姿が描かれている。私は彼らと比べて、自分をとても恥ずかしく思ってしまった。
第4部は、リム牧師の希望、期待、そして北朝鮮の未来が描かれている。「この世の地獄」を体験したリム牧師が、それでも捨てきれない未来予想図を描き出しているのである。これは、信仰者が精錬される中で紡ぎ出した「純化された信仰」を具現化したものとなっている。
第8章で語られている「現在の北朝鮮」は、日本のメディアでは決して知り得ない情報であり、未来展望である。何よりも、こうした状況で「未来を思い描く」ことができるとするなら、それは信仰を持つ者でしかあり得ないだろう。そう思わされた。
リム牧師は、本書の冒頭でこう述べている。
私は、もうすぐ統一のときが訪れると信じている。その日が来れば、二千万人の北の同胞たちには8月15日の解放と同じ喜びが溢(あふ)れ、韓国は5千年の歴史の中で最も輝かしい時代を迎えるだろう。(中略)私たちが韓国人として生まれてきたことを非常に誇りに思う日がすぐに来る。しかし、そのためには、ただ一つの条件がある。それは、民族と教会の徹底した悔い改めである。あらゆる罪を捨て、悪から立ち返るなら、統一の日は必ず速やかに訪れるだろう。(16ページ)
リム牧師の北朝鮮へのまなざしは、自分を苦しめた「憎っくき敵」へのそれではない。あくまでも「同胞」としてのそれである。その愛のまなざしは、イエス・キリストが私たち罪深い人間と対峙したときに、「父よ、彼らをお赦(ゆる)しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです」と叫んだ思いと同じであることが分かる。
本書はクリスチャン、そうでない人を問わず、全ての人に読んでもらいたい一冊である。単に「こんなひどい国があるんですよ」ではない。そんな国のことを愛し、不当な抑留生活を3年近くさせられてもなお、その国を愛し抜いた一人の牧師の、魂からの語りかけに触れていただきたいのである。
読めば分かる。そして読めば、語り合いたくなる一冊である。
■ ヒョンス・リム著、韓正美訳『だれを私は恐れよう 北朝鮮の刑務所で過ごした949日』(いのちのことば社、2023年1月)
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