キリスト教徒が多数を占めるミャンマー西部チン州で、国軍の重火器攻撃により少なくとも教会2棟と民家100棟以上が焼失したことを受け、米国務省は「重大な人権侵害」だとして非難する声明を発表した。この攻撃は、民家に侵入して財産を略奪していた国軍兵士を、チン族の民兵組織が射殺したことに対する報復として行われたとされている。
人口の9割が仏教徒のミャンマーにおいて、チン州は人口の9割がキリスト教徒であり、仏教民族主義者との関係がある国軍から長年にわたって迫害を受けてきた。米国務省は声明(英語)で、ミャンマー国軍は、教会や民家の焼失に責任を負わなければならないとして次のように述べている。
「米国はミャンマーの治安部隊がチン州で行ってきた重大な人権侵害に対し強い懸念を抱いており、ミャンマー政権が人々やその家屋、礼拝所に対して行った残忍な行為を非難する。これらは、ミャンマー政権が国民の生命と福祉を完全に無視していること、国際社会によるミャンマー国軍の責任追及および国軍への武器供与阻止を含む対応が緊急に必要であることを示している」
「またわれわれは現在、治安部隊がチン州やザガイン管区など国内各地で軍事作戦を強化していることに、深い懸念を抱いている。われわれはミャンマー政権に対し、暴力を直ちに停止し、不当に拘束されているすべての人々を解放し、包括的な民主主義への道を回復するよう求める」
「米国はミャンマー政権に対し、国民に対して行ってきた、そして現在も行っている恐ろしい暴力に対する説明責任を果たすことを引き続き求めていく。またミャンマーの人々、ならびにミャンマーの民主主義の回復と、この危機の平和的解決のために活動するすべての人々を引き続き支援していく」
米迫害監視団体「国際キリスト教コンサーン」(ICC)の報告(英語)によると、火災が猛威を振るう中、チン州の州都ハカ近郊のタントランでは住民1万人近くが避難を余儀なくされた。
ミャンマー国軍は10月29日朝、チン族の民兵組織「チンランド防衛隊」(CDF)が住民の財産を略奪していた国軍兵士を殺害した後、攻撃を開始した。国軍はこれまでも紛争の絶えないミャンマーで民間人や民兵を抑圧し、礼拝所や民家を破壊したり、少女や女性を強姦(ごうかん)したり、民間人を拉致して強制労働させたり、民間人を射殺したりしているとして非難されてきた。
ICCはインドを拠点とする「チン人権機構」(CHRO)の発表を引用し、ペンテコステ派教会の「チャーチ・オン・ザ・ロック」と長老派教会、また町で最大の信徒数を誇るタントラン・バプテスト教会に隣接する建物を含む複数の宗教施設が火災に見舞われたと報告。「町に向けて発射された最初のロケット弾は、タントラン・バプテスト教会の入り口に着弾した」と伝えている。
米政府系ラジオ「自由アジア放送」(RFA、英語)によると、ミャンマー国軍は10月初め、ハカ近郊のリアティ村を攻撃。CHROのサライ・ザ・オプ・リン副事務局長は当時、次のように述べていた。
「われわれは、これを戦争犯罪であると考えています。彼らはどこに行っても、大勢の人がいるところを標的にするからです。つまり、信教の自由を意図的に侵害しているのです」
サライ・ザ・オプ・リン氏は、2月の軍事クーデター以降、チン州の他のキリスト教コミュニティーも標的にされていると指摘した。
「国軍がチン州で本格的な活動を開始した今、このような虐待や人権侵害行為が多発することが予想されます。われわれは、国際社会がこれを注視することを強く求めています」
9月には、国軍が放火した家屋を守ろうとしていた信徒を助けに向かったタントラン・センテナリー・バプテスト教会のクン・ビアク・ハム牧師が射殺された。31歳のクン・ビアク・ハム牧師は、同教会の青年牧師で、フェイスブックの情報によると、既婚者で息子2人がおり、ヤンゴン大学で神学修士号の取得を目指していた(関連記事:ミャンマーのバプテスト派青年牧師、国軍に射殺される)。
国連のミャンマー特別報告者であるトム・アンドリュース氏は当時、ミャンマーの状況は「生き地獄」だとし、国際社会に「もっと注意を払うべき」と訴えていた。
キリスト教徒を含むミャンマーの少数民族は、タイ、中国、インドとの国境をまたぐさまざまな紛争地域に住んでいる。クーデター以降は紛争の激化により、多数のキリスト教徒を含む数十万人の民間人が避難を余儀なくされている。
これら紛争地域では、民兵が民主化運動を行う人々を道義的に支援しており、この民兵の存在が国軍に重火器の使用を促している。またこうした地域では、教会が住民の避難場所となるケースも多く、何千人もの人々が教会に避難している。
仏教徒が多数を占めるこの国で、キリスト教徒は人口の7パーセント強を占めている。1948年から続く世界最長の内戦が現在も継続しており、迫害監視団体「オープンドアーズ」が発表した2021年の迫害国リストでは、キリスト教徒に対する迫害が世界で18番目に深刻な国に位置付けられている。仏教民族主義者の存在により迫害のレベルは「非常に高度」とされ、米国務省はミャンマーを信教の自由に対する侵害が「特に懸念のある国」としている。
ICCの東南アジア地域マネージャーであるジーナ・ゴー氏は、今年初めの声明で次のように述べている。
「ミャンマー国軍は、超仏教民族主義集団『ミャンマー愛国協会』(マバタ)との関係で有名です。国軍はマバタと共に国内のイスラム教徒を標的にしていますが、キリスト教徒も狙っています。ひとたび権力を握れば、民主主義政府に権力を明け渡す前に行っていたことに手を出すかもしれません。すなわち、少数派のキリスト教徒を殺害し、強姦することです」