とあるマンションの一室。黒人男性が目を覚ます。隣には昨晩知り合った黒髪の黒人女性が寝ている。そっとベッドを抜け出し、自分の荷物を確認して身支度を整える。彼のヘアスタイルや衣服からは清潔感が漂っている。職業はデザイナー。収入もそこそこある。彼の立てた物音で寝ていた女性が目を覚ます。そんな彼女に優しくあいさつし、次回のデートの約束を取り付け男性は部屋を出た。マンションのエントランスを抜け、そこでタバコに火を付けしばしたたずむ。とその時、目の前にコーヒーを持ってあわただしく駆け抜けようとするビジネスマン風の白人男性が飛び込んでくる。ぶつかってしまう二人。文句を言うビジネスマン男性。少しムッとしながらも謝罪の言葉を口にする黒人男性。その声に反応するように、物陰から白人警官が登場する。そしていきなり彼を羽交い締めにする。「何を持っているんだ!荷物チェックするぞ!」 そして首根っこを押さえ込まれる男性。「息ができない」と訴えるが、次第に意識が遠のいていく。そして――。
次の瞬間、再びマンションの一室で意識を取り戻す黒人男性。隣には昨晩知り合った黒髪の黒人女性が寝ている。「あれは夢だったのか?」 そう思いつつ、夢と同じ会話を女性と交わし、部屋を出る。するとこれまた同じシチュエーションで飛び出してくる白人男性。今度はうまくかわすが、その背後には白人警官が立っていて、再び羽交い締めに――。
これは現在ネットフリックスで視聴できる短編映画「隔たる世界の2人」の冒頭部分である。本作は、第93回アカデミー賞短編実写部門で最優秀賞に輝いている。そして少しだけネタバレを言うと、これはいわゆる「タイムループもの」である。古くはビル・マーレイ主演の「恋はデ・ジャブ」、最近ではホラーコメディーの「ハッピー・デス・デイ」もこれに相当する。つまり、主人公は同じ時間を何度も繰り返す無限ループに囚われているのである。
本作の主人公である黒人男性は、このマンション前で必ず白人警官と出くわし、その会話の途中で相手が激高し、または疑いの眼差しを向けられ、そして最後は羽交い締めにされたり、時には銃で撃たれたりして命を落とすのである。そして次の瞬間、またベッドの中で目覚めることになる。
ここまで書くと、SF映画?と思うかもしれない。確かに広いジャンルではSFにカテゴライズされるであろう。しかし、このネタバレ程度で本作の完成度は損なわれることはない。視聴者はきっとラストで震撼(しんかん)する。「そんな映画だったのか!」と思わず声を上げてしまうであろう。この展開こそ、真のネタバレになるのでここでは触れない。ぜひ直接確かめてもらいたい。
そして上述した粗筋から分かるように、本作はジョージ・フロイド事件に代表される白人警官によるアフリカ系米国人への暴力、殺害事件をモチーフにしており、その現状を告発するものである。その手法たるや見事である。だからこそ、今年のアカデミー賞を受賞することができたのだろう。わずか30分程度の作品であるため、それほど気負わず、そしてどんな時でも視聴することが可能である(もちろんネットフリックスに加入しなければならないが)。
こういったアイロニカルな作品が生み出され、しかもそれが著名な賞を取ることができる国こそ、米国である。メッセージはストレートであり、しかもラストシーンでこれが単なるエンタメを超えた社会派ドラマとしても十分視聴に値するものであることが分かるのだが、そこまでの持って行き方にオリジナリティーがあふれている。
そして、ここまで多くのサブカルに影響を与えたジョージ・フロイド事件は、確かに米国史に名を残す事件になったと言わざるを得ない。とはいえ、この事件だけが特別だったわけではない。同じようなテーマで描かれた作品といえば、かつて映画評で取り上げたキャスリン・ビグロー監督作「デトロイト」や、「ブラックパンサー」のライアン・クーグラー監督のデビュー作「フルートベール駅で」などが挙げられる。この機会にこういった一連の作品を視聴することをお薦めする。
いずれにせよ、人種差別、特にアフリカ系米国人へのWASP系からの暴力を伴う差別というのは、目を覆うばかりである。その事実と向き合うことで、私たちが自らの中にある偏見や差別意識と対峙することができるなら、単なる対岸の火事としてこれらの出来事を見るのではなく、有意義なリアリティーを獲得できるのではないだろうか。
■ 映画「隔たる世界の2人」予告編(英語)
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