聖路加(せいるか)国際病院で当時チャプレンをしていた男性牧師から、病院内で2度にわたり性的な被害を受けたとして、元患者の女性が1日、牧師と病院を運営する聖路加国際大学を相手取り、約1160万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。2日には東京都内の2カ所で記者会見を開き、厚生労働省で行った会見では「医療現場で弱い立場にある患者が被害を受けた事件」(代理人弁護士)、「関係教団に被害を伝えてもたらい回しにされた。日本のキリスト教界全体の課題として考えてほしい」(原告女性)と訴え、支援者の声も代読されるなどした。
病院内の密室で2度にわたる被害
訴状によると、牧師は2017年5月8日、同病院内の牧師控室で、当時スピリチュアルケアを担当していた患者の女性に対し、性的なマッサージを強要。さらに5月22日には、同じく同病院内にあるプライベートルームで性的なマッサージを強要したほか、女性に抱き付き胸を触るなどした。現場はいずれも密室だった。
女性は1回目の被害では、病院内から助けを求めるメールを友人の弁護士に送っており、その日の夜には帰宅後すぐに性暴力救援センター東京(SARC東京)に電話で相談。2回目の被害後もSARC東京に電話をしており、何度も友人の弁護士に相談し助言をもらうなどした。そして翌18年1月に被害届を提出。警察が事件として捜査を行い、牧師は同年9月、強制わいせつ容疑で書類送検された。しかし東京地検は同年12月、不起訴処分を決めた。
警察の捜査に一部行為を自認
不起訴理由は開示されていないが、強制わいせつ罪は刑法で「暴行または脅迫」を用いた場合に厳密に制約されており、被害者が恐怖などで明示的な拒絶をできなかった場合、被害者が同意していた、あるいは同意していたと誤解しても仕方がないと見なされてしまう。代理人の岩井信弁護士は、こうした可能性を排除できなかったため不起訴処分となったのではないかと説明した。
しかしその後、不起訴事件記録の開示をしたところ、牧師が警察の捜査に対し、女性の胸を触るなどしたことは認める趣旨の供述をしていたことが分かった。岩井氏は「いかなる理由であれ、病院内でこうした行為が行われた事実はまったく許せないもの」と非難し、牧師が一部行為を自認していることから「私たちが一方的に言っている事案ではない」と強調した。
被害訴えた後、事実上の治療拒否
女性は国指定の難病である多発性筋炎により、最先端の医療体制が整う同病院に転院して治療を受けていた。17年3月ごろには症状の指標が悪化。死の不安も感じる中、同病院が積極的に勧めるスピリチュアルケアを受けるようになったという。そして、数度の治療計画の変更を経て治療効果が現れ始めたころに被害に遭った。当時、同病院での治療は女性にとって必要不可欠であり、治療の継続を考え、被害の声を上げづらい状況があったという。
警察に被害届を出した後、18年3月には、同病院でハラスメントに関する相談対応窓口として位置付けられているリエゾンナースの看護師に被害を伝えたが、「チャプレンがそんなことをするはずがない」「本当だったら警察が来るはず」「女性の人権も進んでいるから、本当だったらMeToo運動の人たちも来るはずでしょう」などと言われ、取り合ってもらえなかった。
5月上旬には友人の弁護士に同行してもらい、適切な対応を求めるとともに、被害を訴えたことで治療に支障が出ないよう配慮するよう求めた。しかし看護師は、患者が職員からハラスメントを受けた場合の相談窓口は設置していないと言い、中立的な機関ではなく、同病院の顧問弁護士に相談するよう指示。それ以上は話に応じようとはしなかったという。
さらに5月下旬、女性は関連疾患である腰椎の圧迫骨折を負うが、同病院からは当初、骨折していないと言われ、詳しい検査は拒否された。仕方なく他院で診察を受けると圧迫骨折と診断され、後日同病院でも同じく圧迫骨折と診断された。
女性はその後も、病院内で再び牧師に会う恐れがある環境のまま長期にわたって治療を継続しなければならず、転院を余儀なくされた。
聖路加国際大学広報室は本紙の取材に対し、牧師はすでに在籍していないとし、訴訟については「まだ訴状が届いておらず、詳細なコメントは差し控えたい」と回答した。
日本のキリスト教界の課題として認識を
女性は会見で、日本のキリスト教界では性被害への対応制度が備えられている教団が非常に限られている現状に触れ、この事件を日本のキリスト教界全体の課題として受け止めてほしいと訴えた。
事件の現場となった聖路加国際病院は、キリスト教精神に基づいた医療を理念に掲げる聖公会系の病院。現在3人いるチャプレンはいずれも日本聖公会の司祭で、運営元となる聖路加国際大学の理事も聖公会関係者が多くを占める。一方、牧師は同病院のチャプレンではあったが、所属は日本最大のプロテスタント教団である日本基督教団。女性は事件後、いずれの教団にも被害を訴え調査を求めたが、たらい回しにされ誠実な対応は得られなかったと明かした。
牧師は日本基督教団東京教区の所属だったが、同教区に問い合わせても、教区内には性被害に関する相談窓口がないとして教団本部に連絡するよう言われた。しかし教団にも専門の相談窓口はなく、相談体制が整っているのは現在3教区のみだと説明を受け、現在相談窓口の準備を進めており、東京から近い神奈川教区を紹介されたという。だが神奈川教区からも、東京教区の問題であるとして、教区としての対応は受けられなかった。
牧師の書類送検が報道された際、日本基督教団は事件の詳細を伝えた新聞社の取材に「事実関係を調査中。事実ならば牧師としてあってはならない行為で、大変遺憾だ」と回答していた。しかし、不起訴となったことでその後調査は行われず、さらに教団内には牧師を支援する人々もおり、女性を誹謗中傷する言葉が送られてくるケースもあったという。
教団側とは何度も話をしたが、日本基督教団の総務幹事からは、同教団の教規ではセクハラなどに対する戒規は定めておらず、停職などの戒規処分を行うには、禁錮以上の刑に処せられた場合や、社会的に教会や教団の名誉を傷つけた場合などに限定されると言われた。また、牧師は日本基督教団の所属ではあったものの、同教団所属の教会を担当していない無任所牧師であり、教団として直接的な人事権を行使しづらい状況にあることなどを説明されたという。
日本聖公会においても、東京教区のハラスメント担当者と話をするなどしたが、加害者が日本基督教団の牧師であることから、日本聖公会として調査などの対応はできないと伝えられた。
女性はこうした経験から「カトリックであれ、プロテスタントであれ、性暴力の対応は各教団内のみでは限界があるのではないかと考えている。第3者的なところで、きちんと被害の事実を調査し、事実認定に基づいて被害者への償いや加害者の公表をしていくシステムがなければ、こうした問題は潜在化し続け、解決できないのではないか」と訴えた。その上で「この裁判を、日本のキリスト教界全体における性暴力への対応の在り方を少しでも改善するための一例として考えていただきたい」と語った。
被害女性を守る会
会見では、「聖路加国際病院チャプレンの性暴力事件被害女性を守る会」代表幹事の堀江さんの訴えも代読された。堀江さんは、加害牧師が当時、上智大学グリーフケア研究所などで非常勤講師を務め、スピリチュアルケア師として指導的な立場にあったことを指摘。「一番やってはいけない人が、一番やってはいけない恐ろしいことをした」と非難した。
また、スピリチュアルケア師の資格認定を行っている日本スピリチュアルケア学会に、加害牧師の処分について問い合わせをしても十分な回答が得られなかったという。一般社団法人としての同学会の透明性に疑問を投げ掛け、「学会の指導者の一人が、このような恐ろしい性事件を起こしたのに処分をされたのかどうかも隠蔽されているのでは、学会の定款や看板に偽りがあると言わざるをえません」と語った。
「守る会」では、被害女性の訴訟を支えるため支援者を募っている。問い合わせは、堀江さん(電話:090・9114・3914、メール:tw832554[at]kf7.so-net.ne.jp ※[at]を@に変えて送信)まで。