性暴力の防止をテーマにしたシンポジウムが6日、日比谷図書文化館(東京都千代田区)で開催された。
聖路加(せいるか)国際病院の男性チャプレン(現在は退職)から性暴力を受けたとして、病院とチャプレンを相手取り民事訴訟を起こした元患者の女性を「支援する会」が主催した。聖路加国際病院は日本聖公会が関係する病院で、チャプレンは日本基督教団の牧師だったことから、支援する会のメンバーはキリスト教関係者が中心。参加者もキリスト教関係者が多く、この日は会場に約20人、オンラインで約40人の計約60人が参加した。
シンポジウムは、▽原告女性の代理人である本田正男弁護士、▽東京・強姦(ごうかん)救援センター相談員の織田道子氏、▽「市民の人権擁護の会日本支部」代表世話役の米田倫康氏、▽日本同盟基督教団人格尊厳委員の大杉至牧師の4人が発題者として登壇。日本基督教団セクシュアル・ハラスメント問題全国ネットワーク協議会世話人で、同教団北海教区ハラスメント防止委員の清水和恵牧師が、司会・コーディネーターを務めた。
本田正男氏「本件を通して考える宗教の自治と人権」
本田氏は初め、性暴力事件においては一般的に、1)密室での出来事であることが多く証拠が少ない、2)証拠があった場合も合意の下の行為だったと主張される、という2つの壁があることを説明した。
本件においては、幾つかの証拠が提出され、チャプレンは一部行為を認めているものの、黙示の合意があったと主張している。本田氏は、「上下関係の中ではなかなかあらがえないし、一見同意しているように見えても、内心は違うことがよくある。実際この場合も、弱った患者と、病院システムの一部であり、キリスト教をバックとしたチャプレンからの加害行為ということで、あらがえない状況がある」と語った。
また、本件の特徴として、こうした性暴力事件の一般的な側面に加え、キリスト教が持つ宗教的な側面の影響もあると指摘。直接の被害後に受ける2次被害について、本件で見られた事例を取り上げ、「宗教の自治と人権が少し濫用されているのではないか」と問いかけた。
本件では、原告女性が2017年5月に2度にわたり被害を受け、チャプレンは18年9月に強制わいせつ容疑で書類送検された。その後、同年12月には不起訴になったものの、書類送検された時点で一般メディアが大きく取り上げた。
この際、チャプレンが当時副牧師を務めていた単立教会の主任牧師が中心となり、チャプレンを「支えて守る会」を組織し、声明を発表。声明は、本件について「真面目に患者に寄り添ってきたチャプレンが無実の罪を着せられたもの」だとし、書類送検を取り上げた一連の報道は「深刻な人権侵害」などと主張した。この声明は、キリスト教関係の新聞2紙に掲載された。
本田氏は、キリスト教界だけでなく、さまざまな業界でも「かばい合い」は見られるとしつつも、本件における「支えて守る会」を巡る動きは、「(自分たちの権威を)より強く守り、より強くかばい合い、より強く非を認めない傾向が積極的な形で出ているのではないか」と指摘。「そういうスクラムを見ると、(被害者は)なお一層2次的に傷つく傾向がある」と話した。
織田道子氏「性暴力被害者のアドボケイト活動」
織田氏は、約40年の歴史がある東京・強姦救援センターの活動から、被害者にどのように寄り添い、支援しているかを説明した。「性暴力は望まない性行為全て」だと強調し、相談員は被害者の訴えを100パーセント信じて相談に応じることや、相談員と被害者の間に上下関係をつくらないことの大切さなどを語った。
また、被害者には、被害を信じてもらえないのではないかという不安や、自分に原因があったのではないかと責める自損意識が必ず存在すると強調。さらに被害を受けた影響で、自身の主張を固持したり、時には攻撃的になったりすることもあるが、「それは全て被害を受けたという根拠があること。そういう状態になって当たり前。本人の性格や人格とは違うことを、支援者は必ず認識していないといけない」と説明した。
米田倫康氏「メンタルケア従事者による患者への性暴力の国内外の実情と課題」
米田氏は、精神科医や心理カウンセラー(公認心理師、臨床心理士など)といったメンタルケア従事者による患者への性暴力について、具体的な事例を挙げて説明した。
メンタルケア従事者のうち、精神科医(医師)や公認心理師といった国家資格の場合、国が行政処分を行える。しかし、医師の場合、性暴力により医業停止や医師免許取り消しなどの行政処分を行うには、刑事訴訟で有罪が確定する必要がある。そのため、示談などに持ち込み不起訴となることで刑事訴訟を回避し、行政処分をすり抜けて医療行為を続け、わいせつ行為を繰り返す医師も存在するという。また、有罪確定後、行政処分が下されるまでには一定の期間があり、有罪確定後もしばらくは医業を継続できる実態があるという。
「医師としての品位を損するような行為」も行政処分の対象と定められている。しかし米田氏によると、これに該当した直近のケースは40年前のもので、ほとんど運用されていないのが実情だ。
米田氏は、メンタルケア従事者はそもそも、地位や関係性、患者や症状の特性につけ込むことで、形式上の合意を得ることが容易であり、こうした人々による性暴力を現行法で罪に問うことは極めて困難だと強調した。
現在は、倫理綱領を定めている業界団体も多いが、これらに違反しても刑事罰には問えない。また、弁護士会に所属しなければ業務ができない弁護士とは違い、医師や心理カウンセラーは、医師会や業界団体に所属しなくても業務は可能で、業界団体の自治にも限界がある。根本的な解決には刑法の改正が必要だとし、ドイツや英国の事例を紹介した。
大杉至氏「日本同盟基督教団によるセクシャルハラスメントへの取り組み」
大杉氏は初め、本件について、チャプレンが警察の調べに対し性的行為を行ったことを一部認めているにもかかわらず、日本基督教団と日本聖公会は問題を長らく放置していると指摘。「両教団の不作為も、原告女性に対する精神的苦痛の原因となっていると思われる」と語った。
また、日本に約150あるプロテスタント教団の中には、性暴力の相談窓口を整備できていない教団がまだ多くあるものの、ほとんどの教団は、教師の戒規に関するシステムを持っているはずだと指摘。職務中にみだらな行為を行った教師は戒規の対象になるのが通例で、性暴力に対応するシステムがなくても、既存の戒規のシステムで対応できるはずだとし、「所属教団がそうした教師を放置している状態は異常事態であると言わざるを得ない」と語った。
その上で、2015年からセクシャルハラスメントの相談窓口を設置しているという日本同盟基督教団の取り組みを紹介した。同教団は、先行教団・団体を参考にし、自身の教団の特徴に合わせてカスタマイズしたシステムを持っている。特に、ハラスメント問題を扱う人格尊厳委員会と、教師の戒規を扱う戒規委員会がそれぞれ別組織になっているのが特徴的だという。
人格尊厳委員会が最も大切にしているのは相談者の意思。「相談者ファースト」を心がけ、「とにかく相談者の声を聞くことを大切にしている」と語った。また、相談者・嫌疑者それぞれにヒアリングを行う際は、両者に各2人、それぞれ別の委員を割り振って話を聞くなど工夫をしているという。
その他、人格尊厳委員会には調査権限はなく、あくまでも相談者・嫌疑者双方の主張と証拠に基づいて審理を行っていることや、相談の時効を設けていないことなどを説明。課題としては、委員の時間確保や今後の人材育成などがあると話した。
最後には、「性暴力事件に対して不誠実な対応をしている教団は、仮に社会正義を語ったとしても教団内外からの信用を失うだろう」と強調。「被害者に寄り添おうとしないキリスト教が信用されず、偽善者だと言われるのは、当然の結果ではないだろうか」などと述べ、キリスト教界に対し厳しく問いかけた。
原告女性「当事者の声を生かした再発防止策を」
質疑応答の後、シンポジウムの最後には、原告女性が事件に対する思いを語った。
原告女性は被害後、相談した団体や知人からも信用してもらえず、逆に自身が悪いかのように言われたとし、2次被害により大きな傷を受けた経験を吐露。聖路加国際病院は、不起訴確定後の2019年に第三者委員会を立ち上げているが、それまでにさまざまなひどい対応を受けたとし、その時には既に病院側を全く信用できない状態になっていたと話した。
また、日本基督教団や日本聖公会の姿勢についても、「聖路加国際病院の問題だ、私たちは関係ないと言って、見て見ぬふり」「第三者委員会にお委ね。司法判断にもおゆだね。おゆだねばかり」と批判。教団教派を超えたキリスト教界全体における性暴力の実態調査や、2次被害の実情、当事者の声を生かした再発防止策の必要性を訴え、「この事件を一つの事例として、これで最後にしてほしい」と話した。
原告女性が起こした民事訴訟は、12月23日に判決が言い渡される。支援する会は同日午後7時から、日比谷図書文化館のセミナールームAで報告集会を開く予定。詳しくは、支援する会のツイッター、またはフェイスブックグループを。