聖路加国際病院の男性チャプレンから性被害を受けたとして、元患者の女性が起こした損害賠償請求事件の第1回口頭弁論(2021年2月8日)で、女性の代理人弁護士が述べた意見陳述は下記の通り。
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はじめに―事案の概要
原告は、被告学校法人が設置・運営する聖路加国際病院(以下「本病院」といいます。)に患者として受診していました。
原告が罹患した病気は、国の特定疾患に指定されている難病です。別の大学病院に緊急入院した後、本病院に転院し、通院治療を受けてきました。この難病に対応できる病院は数少ないのですが、本病院は先進的な治療を実施していました。
2017年3月には治療方針が変更され、急変リスクが想定されて、原告は、医師から「悪化した場合には生命の危機もありうる」と告げられました。しかし、治療効果が思わしくなかったことから、再度治療方針が変更されました。4月26日から5月1日には連日一日がかりで血液製剤の点滴が実施され、5月8日は治療効果を確認することになっていました。
その5月8日と5月22日、原告は、原告のスピリチュアルケアを担当していた被告チャプレンから訴状記載の性被害を二度にわたり受けたのです。
スピリチュアルケアについて
本病院は、キリスト教精神に基づき聖公会が設立した日本でも有数の病院で、「チャプレン」と呼ばれる病院専従の聖職者を配置し、患者や家族の心や魂の支えになるよう援助「スピリチュアルケア」を実施しています。
スピリチュアルケアについて、本病院はホームページで「チャプレンが、じっくりと病気や怪我などの心の痛みや苦しみをお聞きして、患者さんとご家族の心・魂の支えとなるよう援助をします。」と説明し、治療と一体のものとして、積極的に全人的医療を体現しようと謳っています。
原告も、自らの難病に対する治療方針の変更で悩み続け、医師や看護師とは異なる立場の支援を求め、被告チャプレンを聖職者として信頼し、スピリチュアルケアを受け始めたのでした。
原告の受けた苦しみ
原告は、本件性被害を受けた直後に、知り合いの弁護士に助けを求めると共に、性暴力救援センターへ連絡をしています。そして、被告チャプレンは、警察の捜査に対し本件行為の一部を認め、警察によって写真撮影報告書が作成されています。原告が本件性被害を受けたことは明らかです。
原告は本件性被害により心身に重大な被害を負いました。それだけではなく、本件性被害を本病院に訴えて以降、チャプレンがそのようなことをするはずがないとして本病院から何の根拠もなく事実を否定され、本来の病気に関連した骨折についても治療を受けられず、治療関係から排除され、さらに多大な被害を被ることになりました。
本病院は、その精神を、ホームページで次のように謳っています。
キリスト教の愛の⼼が ⼈の悩みを救うために働けば
苦しみは消えて その⼈は⽣まれ変わったようになる
この偉⼤な愛の⼒を だれもがすぐわかるように計画されてできた
⽣きた有機体がこの病院であるルドルフ・B・トイスラー(1933)
しかし、原告は、セカンドハラスメントを受け、本病院によって「苦しみ」をさらに背負わされたのです。
本件の悪質性
本病院は、ホームページにおいて「受診される皆様の権利」として、「人間としての尊厳をもって医療を受ける権利」を謳っています。にもかかわらず、被告チャプレンは、あろうことか本病院内の密室で、いつまで生きられるのかという大きな不安を抱えていた患者に対し、信頼を利用して本件性加害行為に及び、「人間としての尊厳をもって医療を受ける権利」を踏みにじりました。
また、被告チャプレンは、「スピリチュアルケア師倫理綱領」に違反し、「ケア対象者―ケア専門家」以外の私的な関係を持とうとして、原告のチャプレンに対する信用・信頼を悪用して本件性加害行為に及び、原告を傷つけ、難病に悩む原告の治療を阻害し、最終的には転院を余儀なくさせたのです。
本訴訟の意義
今もなお、医療従事者から暴力を受けた場合の救済手続は確立されておらず、患者は人権の主体とされていません。ましてや、本病院では聖職者が権威あるものとして理念的にも実態としても存在しており、その前においてはスピリチュアルケアを受ける患者が異議を述べても信用されません。
本件は、こうしたキリスト教界の聖職者や医療従事者による性被害の実態とそれが隠蔽される構造を示し、その法的責任を真っ正面から提起するものです。
日本でも、性犯罪に関する刑法改正への動きや、カトリックにおける性被害を訴える動きがある中で、同様の被害に遭って声を上げることができない方々への連帯の意思を表明するものにもしたいと願っています。
裁判所においては、真実をみすえて審理をしていただきたいと思います。