聖公会系の聖路加(せいるか)国際病院でチャプレンをしていた男性牧師(日本基督教団所属)から性被害を受けたとして、元患者の女性が牧師と病院を運営する聖路加国際大学を相手取って起こした損害賠償請求訴訟の本人・証人尋問が7日、東京地裁の712号法廷(桃崎剛裁判長)で行われた。
原告の女性本人と被告の牧師本人のほか、同病院の女性看護師1人と男性医師1人が証人として出廷。尋問は午前11時に始まり、休憩を挟みつつ午後5時まで行われた。尋問開始前には、東京地裁前で「聖路加国際病院チャプレンによる性暴力被害者を支援する会」の関係者らが、傍聴を呼びかけるビラを配布し、約40人が傍聴した。
病院内の牧師控室、プライベートルームが現場に
訴状などによると、牧師は2017年5月8日、病院内のチャプレンルーム(牧師控室)で女性に対し性的なマッサージを強要。さらに22日には、同じく病院内にあるプライベートルームで性的なマッサージを強要したほか、女性に抱き付き胸を触るなどしたとされる。女性は当時、国指定の難病の治療で通院しており、病気に伴う悩みなどの相談に乗ってもらう「スピリチュアルケア」を牧師から受けていた。
牧師は18年9月、強制わいせつ容疑で書類送検されたが、同年12月に不起訴処分に。しかし後に、22日の胸を触るなどの行為については認めていたことが、警察の写真撮影報告書で判明。一方、病院の第三者委員会の調査に対しては、8、22の両日について行為を否認しており、矛盾が生じていた。
ズボン下げてマッサージ受ける、胸触る行為は認める
牧師はこの日、自身の弁護士からの主尋問で、8日については、ズボンを鼠径(そけい)部の辺りまで下ろしてマッサージを受けたことを認め、22日については、女性の胸を触るなどしたことを認めた。しかし、マッサージは首や肩、リンパ節に対するものだったとし、性的なものではなかったと主張。また、マッサージは女性からの提案によるものであったとし、当時は離婚による影響で危機的な精神状態にあったなどと語った。
胸を触るなどの行為については、聖職者として絶対に行ってはいけない行為だったとし、病院や神に対して後悔を覚えたとも陳述。その一方で、女性との間には黙示の合意があったとする内容を繰り返し述べた。
女性の弁護士による反対尋問では、自身の行為が職業倫理に反していたことは認めつつも、女性のせいで社会的制裁を受けることになったとし、自身は被害者だとする考えは現在も変わらないと語った。また、チャプレンを退職したのは自主的なものであったが、実質的な解雇であったとの認識も示した。
原告女性「頭が真っ白になった」
一方、遮へい板を隔てて法廷に立った女性は主尋問で、8日については、牧師と1時間ほど話をした後、マッサージを要求されたと陳述。最初は普通のマッサージだったものの、次第に性的なものにエスカレートしていったとし、「頭が真っ白になった」と当時を振り返った。また8日は、病院の夜間出入り口から帰ることになったが、牧師が先に出て、その後に自身が出るよう指示があったことなどを話した。
病院が開示したタイムカードの記録によると、牧師の8日の退勤時刻は通常よりも4時間近く遅い午後9時49分だった。女性は途中、牧師控室を出てトイレから知人の弁護士に被害を伝えるメールを送っており、帰宅後には「性暴力救援センター東京」(SARC東京)に電話で相談。知人弁護士にはその後、面会し被害について聞き取りも行ってもらうなどした。
その後、受診のため22日に再び病院を訪れたところ、牧師に遭遇。牧師の方から声をかけてきたため、再び面談することになり、再被害に遭ったという。一方、知人弁護士から被害の立証には録音が必要だと言われていたことなどから、録音機を持参していたため、この日の様子は一部を録音しており、証拠として提出することができた。
警察に被害届を出した後には、牧師から非難の言葉を浴びせられたという。また、看護師や医師の対応、自身を監視するような警備員の動きなどから、病院側が組織ぐるみで自身を追い出そうとしている印象を受けたことなどを話した。
一方、病院側の証人として出廷した看護師と医師はこの日、女性の主張の一部を否定しつつ、それぞれが女性に対しどのように対応したかを述べた。
厚生労働省記者クラブで会見
尋問終了後、女性は弁護士らと共に厚生労働省の記者クラブで会見を行った。
女性の代理人を務める本田正男弁護士は、「原告の思いを100パーセント伝えるには、(原告本人尋問の)80分程度では時間が足りないが、一定程度、裁判官に訴えることはできた。また、被告チャプレンの問題性も示すことができたと思う」と話した。
女性は、性被害について声を上げたことで2次・3次被害を受け、失職や転院を余儀なくされ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断されるまで至ったことを説明。「私が被告から受けた事実が認定され、公正な判決が下されることを望んでいます」と語った。
「支援する会」の共同代表の一人で、提訴時から女性を支えてきた大嶋滋子さんは、女性が日本基督教団や日本聖公会、聖路加国際病院に被害を訴えても、真摯(しんし)に対応してもらえず、また他のキリスト教団体に相談しても受け入れてもらえず、傷を深めてきたと説明。尊厳の回復を求めて声を上げる被害者を支援する人が、キリスト教界で一人でも多く起こされていくことを願っていると話した。
キリスト教界が問われている問題 「支援する会」が報告会
記者会見後には、近くの日比谷図書文化館で「支援する会」主催の報告会が行われた。「支援する会」は、臨床心理士の資格を持ち、日本同盟基督教団の人格尊厳委員としてハラスメント相談などを担当している大嶋さんの他、有住航(わたる)牧師(日本基督教団)、清水和恵牧師(同)、原田光雄司祭(日本聖公会)、吉高叶(かのう)牧師(日本バプテスト連盟)が共同代表を務めている。
報告会は対面とオンラインのハイブリッドで開催され、それぞれ約20人、計約40人が参加。日本基督教団や日本聖公会を含めたキリスト教関係者が中心に集まり、一般紙や週刊誌の記者、人権団体関係者の姿もあった。
女性は、被害後の一連の経緯を説明。日本基督教団と日本聖公会には、初期の段階から被害の救済を求めてきたが、対応窓口が存在しなかったり、教団や教区などの間でたらい回しのような対応をされたりしてきたことを語った。また、日本基督教団の関係者からこれまで聞いてきた説明の限りでは、司法判断が下された後も、牧師に対する処分が行われないのではないかと懸念する思いがあることを話した。
進行役を務めた吉高牧師は、「この裁判は聖路加国際病院と被告チャプレンに対するものですが、キリスト教界も連座しなければいけない、訴えられているのは私たちなのだという思いで法廷にいました」とコメント。「関わらない、話を聞かない、取り上げない、向き合わない、寄り添わない、そうする理由はいくらでも見つけられます」と言い、キリスト教関係者が当事者として取り組む必要を話した。また、日本バプテスト連盟で常務理事を6年務めた経験から、ハラスメントの相談窓口やガイドラインを設置することの重要性を指摘。そうすることで、被害者の声が寄せられ、可視化されていくと語った。
女性も本紙に対し、「教団・教派を超えてサバイバーの存在の実態調査を行い、連帯していきたい」と述べ、「医療における患者の人権問題としても発信していきたい」と語った。
判決言い渡しは12月23日の予定。「支援する会」はそれまでに、キリスト教施設における性暴力被害に関する集会の開催を予定している。現在、ツイッターとフェイスブックグループを開設しており、ホームページは作成中。今後はより積極的に情報発信をしていくとしている。また、裁判支援のカンパや女性に対する応援メッセージも募集している。カンパは郵便振替(口座番号:00150・0・129926、加入者名:オオシマシゲコ)で、応援メッセージや問い合わせは、メール([email protected])または電話(大嶋:090・8894・0878、清水:080・2877・4095)で受け付けている。