聖書をどのように生きるか。私たちにとって、生きるということは一つの大きな事業です。この大事業をどのように管理していくか。たとえビジネスをしていなくても、私たちは例外なく大実業家といえるのです。ですから「ビジネスと聖書」はあなたへのメッセージです。共に考え、共に変えられ、最大限の幸せを手に入れてまいりましょう。
すべては神様からの借り物、神様からのローン
自分の命、自分の容姿、性格、タレント、お金。いつかはお返ししなくてはなりません。神様からお借りしたそれらを、どのように使うかが問われているのです。「自分の人生、どう生きようが自分の勝手でしょう!」確かにそうかもしれません。しかし、それらが神様からのローンであり借り物だとしたら、どうでしょうか? お借りしたものをその目的のために使ってこそ意味があるのではないでしょうか。
例えば、家を買うためにローンしたお金は、家を買うために使い、約束通り毎月ローンを返済しなくてはなりません。そして、約束通り支払いを続けることができているならば、自分の気に入った家で快適な生活を送ることができるのです。もしもそのローンを好きな趣味やギャンブルに使ってしまったら、契約違反になってしまいます。よってそのローンが目的とした快適な生活を送ることができなくなってしまいます。
ロックフェラーも体験したお返しの力
実話をもってもう少し分かりやすく、この神様からのローンについてお話ししてまいります。石油王で有名なジョン・ロックフェラーは、20代でミリオネア(大富豪)となり、50代でビリオネア(億万長者)になりました。しかしその成功とは裏腹に、彼は年齢を重ねるごとに、徐々に体調が悪くなり、53歳の時に医師より余命1年と宣告されました。
どうしたらよいだろうかと思い悩んでいたある日。クリスチャンだった彼は夢を見たのです。その夢にイエス様が現れ「あなたの所有する物は何一つ天国へ持ってくることはできませんよ!」と語られたというのです。
それから彼はすぐに、弁護士、会計士、会社の幹部を集め、このような発表をしたというのです。多くの財産を次の3つの機関に献金したくお手伝いいただきたいと。
1. Mission(教会と関連機関)
2. Hospital(病院と関連機関)
3. Research(研究と関連機関)
そして何と19世紀に流行したペストへの特効薬となったペニシリンを作り出す働きが出来たのです。ロックフェラーに与えられたものはすべて神様からのローンであって、人のため、世のため、神のために使うことを決断したことによって、素晴らしい働きに貢献することができたのです。そしてお金のことや特効薬の開発以上に驚きだったのは、その後、ロックフェラーの体調がみるみる改善され、何と彼は98歳まで生きることができたのです。
私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエス にあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、 その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。(エペソ2:10)
日本語で「神の作品」と訳されていますが、英語では God’s masterpiece となっています。このマスターピースとは、オリジナルなもの、この世に1つしかないもの、コピーとしてつくられたものではなく、特別で、ユニークで、質が高いという意味になります。
この世では、同じ規格の製品を大量生産して売られていますが、そうした製品とはまったく異なるものが、「神のマスターピース」です。神がどのような目的で私たちをつくられたのか、その目的が聖書に記されています。その目的とは、私たちが「良い行いをするため」、あるいは「良い行いに歩むように」と明確に記されています。
そればかりでなく「その良い行いをもあらかじめ備えてくださった」ということは、この「良い行い」をする上で、あなたが特別に自分で頑張ったり、自分の努力でしようとしたりすることは必要ないということです。この目的を実現させていくためのすべての力は、すでに神が備えてくださっていると約束しています。
備えてくださった「良い行い」を授かっていくには、かしらなるキリストとしっかりつながっている必要があります。キリストのからだなる教会とつながることによって、私たちの信仰が独り善がりにならないで、健全な成長を遂げることができます。
おまえの信じる神様を俺も知りたい
実話をもう一つ。ある日本人ビジネスマンが若いころから「人生とは自分の力で努力して、上を目指して死ぬ気で働き、成功を手にするのだ!」と多くの先輩から教わり、その通り努力して働いていました。その結果、スピード出世を遂げ、多くの社員を持つボスの座に上り詰めました。しかし、30歳を過ぎたころから自分のやっていることに疑問を持ち始め、何かが違うな?なぜ満足感を得ることができないのだろうか?いつになったら?いくらお金と地位があったら満足できるのだろう?と思い悩んでいたある日。出張から家に帰り、寝室で着替えをしていると、足がベッドに当たった瞬間、1冊のゴワゴワになった聖書が転げ落ちた。妻に「これ何だ?」と聞くと、「あなたがあまりにも自己中心に飛び回っているから、私の祈りの涙と鼻水でこんなにゴワゴワになってしまったのよ」。
その話を聞くと、人生の目的に思い悩んでいた彼は、その場に崩れ落ち、涙を止めることができなかった。そこまで俺のために文句も言わずに、今日まで黙って祈っていてくれたのか。そして彼は「おまえの信じる神様を俺も知りたい」と、それからしばらくして仕事も変わり、受洗し、新しくイエス様と再出発を切ったのです。間違ったビルに掛かっていた梯子を、イエス様のビルに架け替えたのです。
創造主なる神が私たちに、なすべき良い行いを備えていてくださることを覚えるとき、人生に意義が見いだせないという虚無感から解放され、私たちがつくられた本来の目的を達成するという最も幸いで充実した人生を送ることができるといえます。「やる気が出ない」状態から、生きがいのある人生へと変えられるのです。
この例話は、私(中林義朗)のことです。また黙って祈っていてくれた妻(タマー)です。この下の写真が彼女です。クリスチャン5世ハワイアンの妻タマーは、私の命の恩人です。私は心から妻に感謝し、また皆様にこの本物の神様、本物の救いを受けられますようお勧めします。聖書には神様からの約束が3500カ所書かれています。その一つ一つがすべて私たちのためなのです。
神様からのローンである、自分の命、自分の容姿、性格、タレント、お金。裸で生まれ、裸で帰っていく私たちは、いつかはすべて神様にお返ししなくてはなりません。神様からお借りしたそれらをどのように使うかが、いま問われているのです。
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