オンラインシンポジウム「現代世界における和解の諸問題―平和で包摂的なグローバル社会に向けて」(同実行委主催)が9月27日、上智大学や世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会などの協力で開催された。基調発題では、カトリック長崎大司教区の髙見三明大司教も発題し、バチカン(ローマ教皇庁)国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿もメッセージを寄せた。
シンポジウムの基本構想は、国際政治学者でカトリック信者でもある武者小路公秀(きんひで)元国連大学副学長が提唱。ローマ教皇フランシスコが昨年11月の来日時に発したメッセージを踏まえ、「和解」と「包摂」をテーマに、核廃絶や移民・難民、差別など、現代社会が直面する諸問題について話し合った。
基調発題を行ったのは、髙見大司教と復旦大学(中国)の葛兆光(かつ・ちょうこう)特別招聘(しょうへい)教授の2人。髙見大司教は、教皇フランシスコが長崎と広島を訪れ被爆地からメッセージを伝えたことの意義を語るとともに、教皇が「核兵器のない世界は可能であり必要」という強い確信を持って伝えたメッセージの骨子を紹介した。
葛氏は、1893年に米シカゴで開催された万国宗教会議で、多くの宗教から参加があった日本と、参加者は宗教者ではなく駐米大使のみだった中国の違いを紹介した。欧米列強を前に、当時の日本の仏教界は人材を海外留学させ、キリスト教の布教方法も学ぶなど積極的に外に向かった側面があった。一方、中国は世界の大勢に基本的には反応しない内向きの対応を取った。葛氏は日中の宗教界の比較を例に挙げ、宗教間の和解と包摂を実現するには多くの難しさがあることに触れつつ、その実現のためには各宗教が互いを平等に扱う態度が求められると語った。
続くパネルトークでは、2017年にノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の国際運営委員で、NGO「ピースボード」共同代表の川崎哲(あきら)氏、移民問題の研究を行っている上智大学総合グローバル学部教授の稲葉奈々子氏、TBS「サンデーモーニング」にコメンテーターとして出演しているフォトジャーナリストの安田菜津紀氏の3人がパネリストとして発題した。
規範と共に社会は変わる
川崎氏は、冷戦終結から30年以上たった現在も世界に1万3410発の核弾頭があり、その9割は米国とロシアが占めることなど、核兵器を取り巻く現状を説明。一方、3年前に国連で採択された核兵器禁止条約の批准国が間もなく50カ国となり、正式な国際条約として近いうちに発効が見通されていることも語った。発効すれば、採択に不参加だった日本もさらに対応が問われるとし、時間はかかるが「規範と共に社会は変わる」と力を込めた。
昨年の教皇のメッセージについては4つのポイントに絞り、「核兵器の保有は、それ自体が倫理に反している」との言葉から、教皇が明確に核抑止論を否定していることを指摘。また「日本=被害者」ではないことの自覚を求める内容でもあることを伝えた。
和解は戦争・暴力が終わった状態ではない
稲葉氏は、移民や難民の多くは、和解が政治的課題になっている国の出身者だと説明。「和解とは、戦争や暴力が終わった状態ではない。相手を赦(ゆる)し、関係を再構築できる状態」と語った。国家間の暴力(戦争)は講和条約の締結で終了したと見ることができるが、戦争が個人に及ぼす影響はそれで終わらない現実がある。日本で多くの仮放免者にインタビューしてきた経験から、「彼らの記憶の中には驚くほど紛争の傷や痛みが刻み込まれている」「国家の暴力は個人の人生に非常に大きな影響を与えている」と伝えた。
また、労働力として外国人労働者を受け入れてきたのにもかかわらず、日本で何十年も働いてきた外国人でさえ強制退去の対象となり得る現状を問題視。日本では30年住んでも在留資格が認めらない人がいる一方、米国へ渡った同じ境遇の人は大学を卒業し、弁護士になっている例などを挙げた。
線で結ばれているヘイトスピーチとアウシュビッツ
安田氏は、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所跡地にある博物館を紹介した。3年前に取材で訪れた際、日本人唯一の公式ガイドである中谷剛氏は、館内にヒットラーの肖像画がないことに触れ、ホロコーストは街角のヘイトスピーチから始まったことを説明してくれたという。「アウシュビッツの収容所とヘイトスピーチは一つの線で結ばれているのです」。安田氏はそう言い、在日コリアン2世の父を持つ自身の経験や、在特会に襲撃された朝鮮学校関係者の話を語りながら、日本のヘイトスピーチや差別の問題を取り上げた。
一方で、ヘイトスピーチに対抗する「カウンター」の人々や、性的少数者に対する差別発言に厳しい態度を取るようになった社会的風潮の改善なども挙げ、「必ずしも後退したものばかりではありません」と語った。自分自身も差別的な発言をしてしまった過去があることを振り返り、「和解や包摂は、自分自身の加害性にも気付いていく必要があります。そうでなければ他人事であり続けてしまいます」と安田氏。最後にはアウシュビッツ収容所を生き延び、博物館の館長を35年務めたカジミエシュ・スモレン氏が若者に向けた言葉「あなたたちに戦争責任はない。しかし、それを繰り返さない責任はある」を紹介した。
宗教者の役割と期待
各パネリストは発題後、参加者からの質問に答えた。「移民・難民の問題をもっと知ってもらうにはどうすればよいか」という質問には、「一番良いのは当事者たちが発言できる場があること」と稲葉氏。民間による日本の移民・難民支援は海外に引けを取らないくらい行われているが、当事者が発言しづらい環境があるという。彼らを応援する声が社会に広がることで、当事者も発言しやすくなると語った。
「高校生でもできることはあるか」との質問には、まずは知ることだが、次のステップは「自分が知らせる側になること」だと安田氏。社会問題を直接友人に伝えるのはハードルが高いが、在留外国人たちが作った外国料理の写真をインスタグラムに投稿して話すきっかけにするなど、「カルチャーをかませることが大切」とアドバイスした。
世界の諸問題における宗教者の役割と期待については、川崎氏は、世界で約1200万人の署名が集まっている「ヒバクシャ国際署名」では、宗教団体が非常に大きな役割を果たしていると評価。稲葉氏は、宗教の良い点は国家的なものに縛られないところにあるとし、「自国第一主義やナショナリズムなどの発想を超えられるのは宗教的な発想。その点で平和主義や人道主義を広げていくことではないか」と語った。安田氏は、自分自身が差別に加担しないという消極的な姿勢にとどまるのではなく、差別に反対する姿勢をより積極的に示していってほしいと語った。
パネルトークのコーディネーターを務めたアジア宗教者平和会議(ACRP)シニアアドバイザーの神谷昌道氏は、「和解と包摂を生み出すためには、自らが専門とする分野だけではなく、目を広く向けて協力・協働していくことが欠かせないと確信した」とコメント。最後には、WCRP日本委事務局長の篠原祥哲氏が、今年を含め2022年までの3年間にわたり毎年秋に継続してシンポジウムを開催し、議論を深めていく計画を発表した。