宗教・研究者エコイニシアティブ(RSE)が主催する第10回宗教と環境シンポジウムが7日、東洋大学(東京都文京区)で開催された。RSEは2011年、さまざまな宗教の信者と各分野の研究者が、協力して環境問題に取り組むことを目的に設立された団体で、シンポジウムは毎年開催している。第10回となった今年は「海と環境を宗教から考える」がテーマ。基調講演では、ローマ教皇フランシスコが環境問題をテーマに発表した回勅「ラウダート・シ」(2015年)の日本語訳を手掛けた吉川まみ・上智大学神学部准教授が講演。「ラウダート・シ」の内容を基に、カトリック教会が環境問題をどのようにして信仰の問題として捉えているかを語った。
回勅とは、教皇が公表する公文書の中で最も重要な文書。信者の信仰生活を指導することなどを目的に出されるもので、内容は多岐にわたるが、特に社会問題に関するものは「社会回勅」として欧米では社会的にも大きな影響力を持つ。「ラウダート・シ」は教皇フランシスコ独自のものとしては最初の回勅で、さらに環境問題を扱った初の社会回勅ということもあり、世界のキリスト教界では発表時、正教会や聖公会、プロテスタントなど、カトリック教会外からも歓迎の声が上がった。
「ラウダート・シ」という名称は、中世イタリアの著名な聖人であるアッシジの聖フランシスコによる「太陽の賛歌」の中に出てくる言葉「ラウダート・シ、ミ・シニョーレ」(「わたしの主よ、あなたはたたえられますように」の意)から取られている。教皇フランシスコという名前自体も、アシジの聖フランシスコに由来する。
吉川氏は初め、カトリック教会では基本的な立場として、イエス・キリストを「本来の人間のモデル」として見ていると説明。環境問題においても、聖書に記されている出来事を現代の文脈で考えたとき、どう捉えられるのかという視点で取り組んでいると語った。
教皇は「ラウダート・シ」の冒頭で、自然について「わたしたち皆がともに暮らす家は、わたしたちの生を分かち合う姉妹のような存在」と表現している。吉川氏はこの箇所から、「私たちと自然の関わりを読み取ることができる」と指摘。カトリック教会では自然を「資源を提供してくれる単なるリソース」ではなく、「姉妹のような存在」として見ていると語った。
「ラウダート・シ」では環境問題を、「内在する環境」と「外在する環境」の関係から見ている。「外在する環境」は今、消費主義的な過剰な発展により、環境の悪化が起こり、「いのちを虐待する世界」となっている。これについて教皇は、「内的な意味での荒れ野があまりにも広大であるがゆえに、外的な意味での世の荒れ野が広がっています」と述べ、「内在する環境」の荒廃が根本的な原因にあると指摘している。
では、人間の本来の在り方とはどういうものなのか。キリスト教では伝統的に、人間を「神の似姿に造られた存在」と捉えてきたが、吉川氏は環境問題の文脈ではこれを「人間も被造物であり、自然の一部。しかし、自然の一部だけではない存在」と表現できると話した。その聖書的な根拠として、創世記1~2章の記述を紹介。そこでは、神が人間を含むすべての自然を創造されたことが書かれているが、人間に対しては、それら「すべてを支配せよ」(1章28節)と命じられ、さらに「人がそこを耕し、守るようにされた」(2章15節)と記されている。
これについて吉川氏は、英語であればスチュワードシップ(stewardship)という言葉がふさわしいと言い、「『支配』という言葉は度々物議を醸すが、『本来の秩序を守る・世話する・ケアする』というような意味」と説明。神が創造した当時、「極めて良かった」(1章31節)と話された世界を守るよう、神から委託されたのが人間だと語った。そして、そうした自然環境との本来の関わりが断絶されてしまっている状況は「罪」であり、環境問題も信仰上の罪の問題として捉えられると述べた。
こうしたことを踏まえ、教皇は「ラウダート・シ」の中で、新しい概念として「総合的なエコロジー(Integral Ecology)」を提唱している。神と人間の関係における「霊的な調和」、人間相互の関係における「連帯的な調和」、そして自然界との関係における「自然的な調和」という3つの視点、あるいは自己との関係における「内的調和」も加えた4つの視点から、総合的に環境問題を見るというものだ。
教皇はこの「総合的なエコロジー」の「最高の模範」として、アッシジの聖フランシスコの生き方を挙げている。
「彼(アッシジの聖フランシスコ)は殊のほか、被造物と、貧しい人や見捨てられた人を思いやりました。(中略)神と、他者と、自然と、自分自身との見事な調和のうちに生きた神秘家であり巡礼者でした。自然への思いやり、貧しい人々のための正義、社会への積極的関与、そして内的な平和、これらの間の結びつきがどれほど分かちがたいものであるかを、彼はわたしたちに示してくれます」
教皇は「ラウダート・シ」発表の翌2016年には、東方正教会に倣い、9月1日を「被造物を大切にする世界祈祷日」に制定。昨年の同世界祈祷日のメッセージでは、環境の保護について「今日、避けられない義務であると同時に、まぎれもない真の課題でもあります」と重要性を強調した上で、「善意の人々と積極的に協力する必要があります」と、カトリック教会外との協力も強く押し出している。
一方、実際の信仰生活においては、「預言的で観想的なライフスタイル」を奨励している。氾濫する消費財が「心を惑わし、一つ一つの物事や、一瞬一瞬の時を大切にできなくしてしまいます」と言い、「心の平安は、エコロジーや共通善を大切にすることと密接にかかわっています」と指摘。「総合的なエコロジーが求めるのは、被造界との落ち着いた調和を回復するために時間をかけること、わたしたちのライフスタイルや理想について省みること、そして、わたしたちの間に住まわれ、わたしたちを包んでいてくださる創造主を観想することです」と述べている。
シンポジウムでは吉川氏の基調講演後、環境材料科学などが専門の山本良一・東京大学名誉教授が「気候の非常事態と海の非常事態」と題して発表。柏田祥策・東洋大学生命科学部教授も発表を予定していたが、体調不良で欠席したため、代わりにRSE代表である竹村牧男・東洋大学学長が、「海洋プラスチック汚染とその対策」をテーマにした柏田氏の発表を紹介した。
また宗教界からは、松本光明氏(金光教「環境と倫理」研究会代表)と深田伊佐夫氏(立正佼成会中央学術研究所研究員)が、各宗教における取り組みの実例を報告。その後、発表者全員が登壇して会場からの質疑に応じ、最後にはRSE副代表である山本氏により、RSEの「環境と気候の非常事態宣言」が発表された(関連記事:日本の宗教者と研究者が「環境と気候の非常事態宣言」 対応の遅れに高まる懸念)。