天草版『平家物語』など3作品を収めた世界に1冊しか現存しない合本が、国立国語研究所のホームページで公開された。16世紀に欧州から日本に渡ってきたイエズス会の宣教師たちが、日本語学習のために読本(リーダー)として用いたもので、中世日本語の発音や話し言葉を知る上で貴重な資料だという。
公開されたのは、天草版『平家物語』『伊曽保物語』『金句集』(Shelfmark: Or.59.aa.1)。世界最大とされる英国の大英図書館が世界で唯一所蔵する。大きさは縦17センチ、横11センチ。平家の栄華と没落を描いた『平家物語』、イソップ物語を室町時代末期の話し言葉で訳した『伊曽保物語』、金言を集めた『金句集』の3作品が1冊にまとめられた「三部合綴本」で、ポルトガル語式のローマ字でつづられている。
欧州から日本に持ち込まれた活版印刷機を用い、イエズス会の宣教師たちが出版した「キリシタン版」と呼ばれる書物だが、特に本書は熊本県天草で印刷されたことから「天草版」と呼ばれる。印刷された時期は1592~93年と、活版印刷技術が日本に伝えられてから間もない頃で、印刷史の観点からも重要だという。
当時は、書き言葉と話し言葉の間に大きな差があったため、かな書きの文語文から話し言葉や発音を知ることは困難。しかし、本書はローマ字で書かれているため、当時の発音を知る上で非常に貴重な資料となる。
たとえば、『平家物語』の表紙には、ローマ字で「NIFON NO COTOBA TO Hiſtoria uo narai xiran to FOSSVRV FITO NO TAMENI XEVA NI YAVA RAGETARV FEIQE NO MONOGATARI(日本の言葉と Historia(歴史)を習い知らんと欲する人のために世話に和らげたる平家の物語)」とあり、ハ行を「f」の音で発音していたことなどが分かる。
すでに影印本(写真版、1976年)をはじめ、翻字本文や索引なども出版されているが、写真が白黒で裏写りがあったり、原本調査時のメモが入っていたりと、精密な判読を行う上で限界があった。しかし今回は、表紙から裏表紙まで、白紙の遊び紙も含め全700ページ以上がカラー画像(JEPG形式)で公開された。さらに画像はパブリックドメインで、ネット環境さえあれば、世界中どこでも誰でも無料で利用可能だ。
同協会のホームページに設置された専用ページは、日本語、英語の2言語に対応。各ページが本の見開きのように配置され、原本の姿をある程度実感できるように工夫されている。
また、奈良時代から近代(明治・大正)までカバーすることを目標に、同研究所が構築・公開中の言語データーベース「日本語歴史コーパス」(コーパス検索ウェブアプリ「中納言」で無料利用可能)にも、公開された画像が関連付けられた。この他、天草版『平家物語』と『伊曽保物語』については、翻字本文のテキストデータも3月末に公開されている。
■ 天草版『平家物語』『伊曽保物語』『金句集』画像(国立国語研究所のホームページ)