前回、白人系福音派が依然高い支持率でドナルド・トランプ大統領を支えていることを述べた。これに加えて、米国全体の宗教動向をデータ化したものを参考にして、1970年代から現在までの「米国福音派」および「米国キリスト教界」の推移を概観してみたい。
ご存じのように、1981年にレーガン政権が誕生して以来、福音派の一部が「宗教右派」と呼ばれ、彼らにとっての「聖書的価値観」に基づく保守的な変革(復興)を推進した。後のブッシュ(父)政権で少し冷遇されたが増加を続け、その後、民主党出身の大統領でありながら、保守陣営にも寄り添った中道路線を選択したクリントン政権下では、減少するものの一定数を維持する。そして彼らは2000年の大統領選挙でジョージ・W・ブッシュ(子)氏を支援し、「政治と宗教の癒着」と揶揄(やゆ)されながらも、知名度は着実に拡大していく。米国のキリスト教界ではこの時期に、「福音派」と名乗ることにささやかな誇らしさを感じていたことだろう。
しかし、ブッシュ(子)政権のやり過ぎに対する反動が巻き起こる。その流れを一気につかんだのがバラク・オバマ大統領である。彼は民主党本来のリベラル政策を主導する8年間を導き、米国の多様性を拡大させた。しかし、この多様性が逆に反動的に保守陣営を刺激し、ティーパーティー運動に端を発する新たな火種を生み出していく。
そして、現在のトランプ政権が米国のかじ取りを開始することとなり、すでに第1期の折り返し点を通過した。2016年の選挙結果から、「トランプ氏は白人系福音派からの支持率が高い」として再び注目され始めた「福音派」は、前回の報告からも分かるように、今なおトランプ政権への高い支持率を保持している。しかし今後はどうだろか?
1980年代から現在までの約40年間をざっと概観してきたが、このほど、米クリスチャニティ・トゥディ誌に「トランプ大統領の影響や無神論者の増加にもかかわらず、減少傾向を示さない福音派」(英語)という記事(21日付)が掲載された。その中で、シカゴ大学の全米世論調査センターによる「総合的社会調査」(GSS)に基づいて、米国人の過去約50年間の宗教に関する動向がグラフ化され、一目瞭然となっている。
この内「福音派」に注目してみると、前述した1980年代から現在に至るまでの経緯と見事に連動していることが分かる。つまり、米国では政治的動向と福音派の教勢がほぼ軌を一にしているのである。
公民権運動の影響が色濃く残っている1970年代初頭、福音派は18%程度であった。そもそも「福音派」という言葉が米国で全国区となるのは、76年にジミー・カーター大統領(民主党)が「私は福音派です」と告白してからである。その後、福音派は増加し始め、一時の減少はあるものの、次のレーガン政権(共和党、81~89年)になると一気に急増し、84~85年ごろに最初のピークを迎え、人口の28%前後を占めるようになる。そして、ブッシュ(父)政権(共和党、89~93年)最後の93年に29・9%となり、これがこの過去約50年間の最高値(第2のピーク)である。90年代初頭は、国際的に湾岸戦争が勃発し、それを後押しする共和党に福音派が積極的に関与した時代でもある。
しかし、ブッシュ(父)大統領は対外的な手腕には優れていたが、米国内においては、選挙公約であった「増税はしない」発言を覆したことで国民からの人気を失っていく。そして本人としては不本意ながら、任期4年で大統領の地位をビル・クリントン氏へ譲り渡すことになる。
福音派は、クリントン政権(民主党、93~2001年)の下でその数を低下させるが、続くブッシュ(子)政権(共和党、01~08年)では、米同時多発テロ(9・11)の影響もあり、再び増加傾向に転じている。そして04年、米国がイラク戦争を引き起こした翌年には、3回目のピークを迎える(27%前後)。だが凋落(ちょうらく)も早かった。ブッシュ(子)政権に依存しながらの発展であったため、イラク戦争の直接的な引き金となった大量破壊兵器が存在しなかったことが判明して以降、政権の不人気とほぼ同じ浮き沈みを示すことになったのである。
オバマ政権(民主党、09~17年)では、「オバマケア」に代表される民主党的なリベラル政策が打ち出されていく。これに反発する者たちが結集し、福音派はじわりじわりと勢力を伸ばしていく。オバマ大統領が2期目を目指す大統領選が行われた12年には、24・7%まで回復している。そして16年の大統領選でトランプ氏が勝利し、それから2年後の18年時点で、福音派が人口に占める割合は22・5%と再び下降気味である。
クリスチャニティ・トゥディ誌の記事を執筆したライアン・バージ氏(東イリノイ大学専任講師)は、「福音派は過去10年の間、22・5~24%の間で推移しているが、決して『変化がない』とは言えない。他同様、常に『揺れ動き』がある」と指摘する。つまり、政治的動向が福音派全体の増減に影響し、政治的方向性(保守かリベラルか)によって、スイングする団体であるということであろう。
しかし、バージ氏のように動的側面から評することができる一方、彼らの約50年間を俯瞰(ふかん)するなら、80年代のレーガン政権以降、米国にどんな政治的状況が生まれようとも、少なくとも米国の20%以上の人々を一致させることのできる集団として存在感を表し続けていることもまた事実である。
福音派を研究する学者たちの中に一定の見識が生み出されるためには、もう少しこの集団の推移を見守るべきなのかもしれない。ある側面から見るなら、彼らは政治の動向に追随する「サブ・ポリティカル集団」と見なされる。しかし彼らが標榜する「福音主義」とは、この世の動きに左右されない「真理」としての側面を持っている。時空を超えた「福音主義」の在り方を、政治的な変化以上に大切にする人々がいる。そんな彼らが「福音派」の固定層となっているのだとしたら、実は政治的フィルターで読み取られる「福音派」とは、単なる浮遊層でしかないのかもしれない。福音派が “Evangelicals” としてのアイデンティティーを、より鋭く問われる時代が間もなくやってくることを期待する。
今年11月に、個人的に楽しみにしている書籍が発売される。『Evangelicals: Who They Have Been, Are Now, and Could Be(福音派:彼らは何者であったのか、そして今やどんな存在になり、今後どんな存在になり得るのか)』というタイトルの本である。著者は米国で有名な福音派研究者たち(マーク・ノル、デビッド・ベビングトン、ジョージ・マースデンら)である。アマゾンには現在、簡単な紹介と目次のみ掲載されているが、かなりエキサイティングな項目が並んでいる。著者たちがやろうとしているのは、「福音派」を歴史的に振り返り、現在の在り方を考察し、未来の方向性を予想しようというものである。第10章には「ドナルド・トランプと好戦的な福音派の勇敢さ」という刺激的なタイトルがある。ぜひ読んでみたいものだ。
いよいよトランプ政権下の福音派も歴史研究という視点からひもとかれる時代がやってきたということだろう。あまりにも直近の出来事であるため、歴史的脆弱(ぜいじゃく)性は否めないが、トランプ再選を占う意味でも、アカデミックな分野からの提言の一つと受け止めることはできるだろう。
今後も「福音派」をめぐる米国キリスト教界の動向から目が離せない。
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