2020年はいろいろな意味で大変な年になる。日本にとっては、東京オリンピック・パラリンピックの年であるが、太平洋の向こう側の米国においては、4年に1度の「王様選び」と揶揄(やゆ)されることもある大統領選挙が行われる。
その前哨戦は2019年からすでに始まっている。現在、米国は「メキシコ国境の壁」建設の費用をめぐり、引き続きドナルド・トランプ大統領と民主党(議会)が対立している。昨年12月22日から続いた政府機関の閉鎖は、双方の妥協により2月15日まで暫定的に再開されたが、これで決して問題が解決したわけではないことを前回の記事で述べた。
期限が切れた翌16日、ついにトランプ大統領は非常事態宣言を発令し、公約であった壁の建設を強引に成し遂げようとした。だが議会も黙っていない。3月14日に上院は、非常事態宣言を無効とする決議を行ったのである。内訳は賛成59反対41。共和党から12人が造反するという結果となった。
しかし、これで終わりではない。その翌15日に、トランプ大統領は非常事態宣言無効決議に対して拒否権を発動させた。壁建設の費用も当初の57億ドル(約6350億円)から86億ドル(約9580億円)へと膨れ上がっている。大統領の拒否権を「拒否する」ためには、上下院で3分の2以上の賛同を得なければならず、再び予断を許さない事態に陥っている。下院のナンシー・ペロシ議長(民主党)は、トランプ大統領の拒否権発動を覆すべく、26日に採決を行うとしている。米国の政治は、壁の建設をめぐる「チキンレース」の様相を呈しつつある。
そんな中、好対照な2つのデータが相次いで公開された。1つ目は、米世論調査大手のギャラップ社による3月14日付の「1カ月間の支持率上昇期を終え、ふらつき始めたトランプ大統領の働きに対する評価」(英語)である。これによると、トランプ大統領の仕事ぶりを支持する人の割合が、昨年末の政府機関一部閉鎖以前には40%台前半をキープしていたことが分かる。しかし昨年12月下旬から2月半ばまでの閉鎖期間内には39%に下落。そして暫定予算案で合意に達して以降、再び40%前半に上昇した。
一部には、北朝鮮との2度目の会談が功を奏したという見方もある。だが、上述したような非常事態宣言とそれを無効とする議会の決議、さらにそれに対する大統領の拒否権発動という一連の騒動が起こると、再び39%に落ち込んでいる。つまり米国民全体からすると、今回の騒動は少なからずトランプ大統領の評価に影響を与えたということができよう。
一方、2つ目として紹介したいのは、3月18日に別の米世論調査機関、ピュー研究所が公開した「福音派のトランプ容認派は依然高水準を保ち、他の宗教集団は減少傾向にある」(英語)である。
このデータによると、トランプ大統領を肯定的に評価する人の割合は、プロテスタント全体では2年前(2017年2月)の52%から50%(2019年1月)に微減している。しかし、これだけを見ていても実情は分からない。アフリカ系米国人プロテスタントからの評価は2年前も今回も12%とまったく変わっていない。依然として低い支持率である。では、白人系からの評価はどうだろうか。白人系のうちメインライン(主流派)のプロテスタントを見ると、2年前が49%で、今回が48%である。微減だが、これもほとんど変化していないといえよう。そして共に半数以下の者しかトランプ大統領を評価していない。つまりトランプ大統領は、就任当時から現在に至るまで、非白人系や非福音派の白人系プロテスタントに、心変わりを促すような影響力をまったく与えていないということが分かる。
ところが、白人系のうち福音派のプロテスタントからの評価はまったく異なる。2年前の78%から69%へと落ち込んでいる。しかし着目すべきは下落率ではなく、依然として7割近い人がトランプ大統領の手腕を評価しているという現実である。この結果をギャラップ調査(トランプ大統領を評価するのは全国民の4割程度)と比較すると、その差異をよく理解できるだろう。白人系福音派は、今回のメキシコ国境の壁建設に関する一連の騒動を知りながらも、支持を取りやめるようなことをしていない。だからプロテスタント全体で見たときに、2%の下げ幅で持ちこたえたといえるだろう。
もちろん、トランプ大統領を熱烈に支持するリバティー大学のジェリー・ファルウェル・ジュニア学長のように「大統領と共に断固として立ち続ける」ことを表明する者もいる一方、サドルバック教会のリック・ウォレン牧師のように曖昧な返答ではぐらかそうとする福音派指導者もいる。また、女性伝道者として知られるベス・ムーア牧師のように公然と反旗を翻す者も存在する。何度も申し上げているように、米国の福音派は決して一枚岩ではない。
これらの世論調査の結果が示すものとは何か。日本でも大きく取り上げられている「メキシコ国境の壁」建設をめぐる一連の報道は、当然米国でも大きな反響を呼んでいるだろう。ギャラップ調査を見るなら、その影響が決して小さなものではないことが分かる。
しかしキリスト教界、しかも白人系福音派という特定集団をサンプリングするなら、それは米国全体とはまったく違う反応を示し、その傾向が2年前から今まで維持されていることが分かる。
大胆な言い方になるが、米国のプロテスタント・キリスト教界では、トランプ大統領誕生時から、親トランプ派と反トランプ派が互いに干渉することなく存在し、両者がそれぞれに影響されることなく2年以上の月日が流れたことになる。連日報道される大統領と議会との抗争を知りつつも、彼らは共に自らの意見や見識を変えることをせず、内向的な身内の意見交換に終始していると言わざるを得ないだろう。
トランプ大統領が共和党内で台頭し「メキシコ国境に壁を造る」とぶち上げたその時から、それに即座に賛成した者は、壁建設をめぐる攻防が現実味を帯びてきてもその考え方を変えようとはしない。それは、即座に反対した者も同様である。
共和党支持か、民主党支持かというくくりが今も有効かどうかは定かではない。しかし、プロテスタント陣営に限って見るなら、やはり白人系福音派は壁建設に賛成するか、そのトピックを重要視していない者が多いということである。
この結果から見て、私たち日本のキリスト者の感覚で、彼ら米国の福音派の在り方を類推することは、慎重にするか、控えなければならないと思う。彼らなりの理屈があり、自らを納得させる論理が存在する。それは、おそらく日本の福音派が理解し難いものなのであろう。
いずれにせよ、26日の結果次第では、トランプ大統領は着実に2期目の足固めを推し進めることになる。今後も注目して見守っていきたい。
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