ヘブライ語やギリシャ語の原典から訳された世界初の英訳聖書とされる「ティンダル聖書」が、ロンドンでオークションにかけられ、3万7500ポンド(約540万円)で落札された。
ティンダル聖書は、宗教改革者の一人であるウィリアム・ティンダル(1494〜1536年)が翻訳した聖書。英キリスト教メディア「プレミア」(英語)によると、落札されたのは1536年に出版された「The Newe Testamente Yet Once Agayne Corrected By William Tyndale」(ウィリアム・ティンダル再改訂版新約聖書)。当時の教会は、聖書の自国語への翻訳を禁止していたため、ティンダルは異端として処刑され、ティンダル聖書も禁書となった。そのため現存するのはわずかで、1970年代以降、オークションなどで売りに出されたのはこれまで4例しかない。
聖書の英語への翻訳は、ジョン・ウィクリフ(1320頃〜84年)が1380年頃に最初に行ったとされているが、これは原典からではなく、当時教会が公認していたラテン語訳聖書から翻訳された。ウィクリフ聖書も、教会が聖書の自国語への翻訳を認めていなかったため禁書とされた。
オークションが行われたロンドン西部の「チズウィック・オークションズ」の書籍部門責任者であるクライブ・モス氏によると、落札された聖書はティンダルが手掛けた聖書の最後の改訂版で、英訳文が「荒々しくて洗練されていない」時代に「文法や語彙(ごい)が整えられた」ものだった。
「ティンダル聖書は英語の書籍の中でも最も重要なものの一つとされてきました」とモス氏。「聖書は歴史的な文書であり、歴史的信仰をもって読まれるべきだとする見解の興隆にティンダルは貢献しました」と話す。
一方、ティンダルは「(カトリック教会に対する)プロテスタント(「抗議者」の意)の大義を庶民に伝えるため、自国語による聖書を政治的に利用しました」と説明。「それ故、ティンダル聖書が、英国にとって国民的にも歴史的にも極めて重要な文献であることは間違いありません」と断言する。
落札価格は当初、8千ポンド〜1万ポンド(約114万〜143万円)と予想されていたが、それを大きく上回る価格で匿名の民間コレクターにより落札された。
ケンブリッジにある聖書研究所「ティンダルハウス」のデイビッド・インストーン・ブルーアー上級研究員は10月、現存するティンダル聖書が僅少なのは、ティンダルが当時、英国で異端と宣告されたためだとプレミア(英語)に語った。「英国当局が無認可の聖書を拒絶したため、ティンダルはオランダに身を隠さなければなりませんでした」
ティンダルは、当時教会が公認していたラテン語訳の聖書からではなく、ギリシャ語原典から新約聖書を英語に翻訳することをロンドン司教に求めたが、許可されなかった。そのため、ティンダルはドイツに逃亡し、1525年にケルンで最初の英訳新約聖書を出版(完全な新約聖書が印刷されたのは翌26年)。しかし、その聖書も「徹底的に弾圧された」。
米ワシントンにある聖書博物館のウェブサイト(英語)によると、このティンダルの新約聖書は「大量の布の中に隠された状態で英国に密輸された」という。
ティンダル聖書の密輸に手を貸した人の中には、異端として処刑された人もいた。ティンダル自身は1535年に拘束され、自らの手で旧約聖書の翻訳を完成させる前に、翌36年に火あぶりの刑に処せられた。
しかし、逃れた友人のマイルズ・カバーデイルが35年に、不足部分をラテン語とドイツ語から翻訳して完成させ(カバーデイル聖書)、ティンダルの死からわずか1年後の37年には、イングランド王ヘンリー8世がそれを認め、公式に認可された最初の英訳聖書となった。
奇しくも今回落札された聖書は、ティンダルが処刑されたのと同じ年に印刷されたものだった。